注:この作品は、スコリノパラレル「クラスメイト」のその後のお話です。


クラスメイト〜What shall we do now?〜(1)




三寒四温とはよくいったもので、寒い日が続いたと思えば
コートなど要らないくらいの汗ばんだ陽気になる日もある。
次に冷え込んだな、と思っても、その時中に着込んでいたアンダーシャツは長袖から半袖にかえてもちょうどいい位に収まる。


そうやってゆるやかに日々が過ぎてゆき、春らしさが感じられるこの季節、ついに卒業式が前日に迫った。



奇しくも卒業式が行われるのは、リノアの誕生日の前日だ。
毎年期待しているわけではないが、必ず春休みに入る直前だっただけに誰かしらから祝われていたりしたので、
この春だけは寂しい思いをしなければならないのは、仕方ない事だとリノアは感じていた。
クラスメイトの中には、まだ受験日が残っている者だっているのだから。



そんな中リノアは、いつもの様に自室のベッドで寝転がっていた。何をするでもなく携帯電話を片手に持って。
時間はもう夜の10時半を回っており、階下の物音も幾分静かになっていた。
隣近所では微かに人の話し声や、車のエンジン音が聞こえてきたりもするが
一戸建てがひしめき合う閑静な住宅地だ。よほどの事がない限り、静かに一日を終える事ができる。







――――リノアがアルバム制作委員会に選ばれてから、アルバムが出来上がるまで幾度となく収集がかかり、
その都度ああでもない、こうでもない、と試行錯誤が繰り返され、やっとの思いでアルバムが完成した。


明日の卒業式が終わった後、担任から一人ずつ卒業証書を入れる筒と、そのアルバムが手渡される手筈になっている。
その中の一ページに載っている委員会の集合写真は、最終チェック後に撮られた写真なので
リノアはおろか、他のクラスの委員も誰も見ていない。
勿論、同じクラスメイトであり、委員になったスコールでさえも。


…………スコールのことを考えるだけで、こんなにも胸が苦しくなる。
未だにスコールの考えている事がよくわからない。

(わたし、ひょっとしてからかわれてるのかな…………?)



リノアはこの数週間の間にスコールと急激に親しくなれた、気がしていた。

無愛想なクラスメイト。自分だけでなく、他人とも距離を置きたがる不思議な人。
なのに、些細な出来事がきっかけで、あれから何度かメールでやり取りする機会が増えた。
何故かわからないけれど、委員会が終わった後などは一緒に帰宅するようにもなった。


スコールに対して、咄嗟に自分の気持ちを打ち明けてしまったけれど、決してそれは”告白”ではなかった。
好き、かどうかと問われると、正直この気持ちをそう表現してしまっていいのかがとても戸惑う。


”好きだったら付き合うもんじゃないの?好きって言ったり言われたりしてないんじゃ、ただの友達と同じだよ。”


不安になって、リノアは親しい友人にスコールとの出来事を打ち明けると、そういった答えが返って来た。
リノア自身が自覚していたら話は別なのだが、どうやら今まで真剣に恋愛をしていなかった彼女にとって、
”気になる”と”好き”との境界線が曖昧だった事が、現時点での疑問に繋がるらしい。


わたしはスコールのことが好き、だとしたら、今置かれている状況は嬉しいと捉えるべきなんだろうか。
スコールはわたしのことを”面白い”といった。それだけでわたしを許してくれてるとしたのなら、
わたしは彼にとって、ただの友人の一人としてしか認められていないということなのだろうか。
それならそれで嬉しいけれど…………何か、物足りない。



悶々と思い悩む時間はあっという間。
一時間が半日になり、日付が変わったと思うと、瞬く間に数日が過ぎて。



スコールがリノアと一緒に帰る日は、決まって委員会で集まる時だけだった。
内容の確認とだけ名目打っていれば、一緒に帰宅する姿を目撃されてもさほど不自然ではない。
中には二人は付き合っているのかとヘンに勘繰り、詮索を入れてくる輩もいるにはいたが、
スコールがそれらを一蹴するに相応しい、鋭い視線を投げかけていたため、その話題には自然と触れられなくなっていった。


最後の委員会の後、当然のように二人は揃って家路についた。
リノアの自宅の方が、学校からは距離的に近い。しかし、通学に使われている最寄の駅からは少し方角がそれていた。
電車通学で4つ先の駅から通っていたスコールは、わざわざリノアを自宅に送るだけのためにそのルートを通って駅に向かって帰ってゆく。


その日の二人の会話の内容は、前日終わったばかりの卒業判定テストが主だった。
どれだけ頑張っても出来ないものは出来ない。
そう泣きつくリノアに対して、常に学年でもトップクラスにいるスコールは冷たく言い放つ。

「普通に授業聞いていて、ノートとっていればやれるんじゃないのか?」
「スコールとわたしとでは、頭のつくりが違うの!つくりが!!」

リノアの言葉に自然とスコールは笑顔がこぼれる。


…………あ!今笑ったね。
そんな顔、最近よく見せてくれるようになった。
わたしの前でだけなのかな。
そうだとしたら、それだけでわたし、幸せなのかも。


心の中とは裏腹に、リノアは意地悪な顔をわざと浮かべて言ってみせる。

「どうせ、バカだもん。」
「でも、卒業は出来るだろ?いくらなんでも。」

くつくつと笑いながら答えるスコールは、見かけの割には子供っぽく見えた。

「た、多分………。」
スコールの的確な指摘に冷や汗が伝う。

3学期に入って、個人面談では「このまま普通に頑張れば大丈夫」とお墨付きはもらった。
出席日数だって充分足りているし、素行自体に問題はない。
率先してこなした役だって、3年間の間にいくつかあったはずだ。
今回のアルバム委員でも、買って出たわけではないが、何かしら通信簿の評価には入るだろうと考えていた。


しかし、どうにもこうにも油断していたせいか、それともスコールとのやり取りがあったせいか、
結局直前まで試験対策に身が入ることはなかった。
数日間、ほぼ一夜漬けで挑んだ教科も少なくなく、まだ10代の身にも関わらず、目の下にはうっすら隈さえ見えるようだ。
いくら通信簿がよくても、肝心の試験で追試を受ける羽目になるかもしれない危機感。
リノアの内心は、スコールの言葉でかなりギリギリのラインにもがいていた。


「もし追試受ける事になったら、教えてやろうか?」

突然、スコールからの思いがけない申し出がやってくる。思わず目を見開いて見上げてしまった。
長くたらした茶色の前髪の隙間からのぞく澄んだ灰蒼の瞳。切れ長の涼やかな目元に、リノアの心拍が跳ね上がる。
目が合った瞬間、またしてもスコールがふきだした。

「な、何よ〜!」
「いや、あんた追試受ける気満々じゃないか。」
「そんなことないけどっ!」
「それならいいが。」


ひとしきり笑った後、一呼吸置いてスコールはリノアに言った。


「無事卒業できるといいな。アルバム、楽しみだしな。」
「そうだね。」


気づけば家の前までもうすぐだった。
日の入りはますます遅くなっていても、東の空は薄暗い。
住宅街に行きかう人の姿は、ほんの数十分で様変わりする。
心なしか、二人の歩く速度が緩まった………気がした。


家の前にたどり着き、門扉に手を掛けて押し開いた。錆付いた金属音が同時に響く。
スコールを振り返りながら、いつものように作り笑いを浮かべる。
ぎこちなさからくる笑顔。こんな顔で話したいんじゃないのに。



「じゃあ、またね。送ってくれてありがとう。」
「いや、いいんだ。」
「気をつけて帰ってね。」
「ああ。またメールする。」


そういってスコールはさっさと踵を返して、今来た道を戻っていった。
後姿が見えなくなるまで、リノアは家に入るのをためらわれた――――――。





メールすると言っておきながら、結局その間、一度もスコールからの連絡はなかった。
教室で会っても、いつも通りの挨拶だけで、話しかけてくることもなく。
こちらから話すこともさしてあるわけではないので、リノアはいつも通りのクラスメイトを演じていた。



(明日が卒業式って、何だか早いな…………。)

気づけば部屋で何一つ身動きせずに寝転んでいるままだった。
時折、階下から聞こえていた物音も、家族が寝室に移動したのであろうか聞こえなくなっていた。
枕元に置いている目覚まし時計の、時を刻む秒針の音がやけに大きく感じる。


これからもずっと今のままでいられるのだろうか。
それとももう繋がりはないのだろうか。
一歩近づけたと思ったのは、実はわたしの勘違いで、現実は今までと何一つ変わっていないのではないだろうか。


そう思いながら時計の長針と短針が重なり合おうとしていた頃に、携帯電話が震えだした。
明日の準備は済んでいる。もう寝ようと思っていた矢先だっただけに、リノアは一瞬体が強張った。

――――もしかしたら?でも違ったら?

はやる心を抑えながら手元に電話を引き寄せて相手を確認する。



サブディスプレイに点滅する名前は――――――スコール。


受信画面には、『明日………卒業式が終わってから待ってる』という内容だけ。


”好きだったら付き合うもんじゃないの?好きって言ったり言われたりしてないんじゃ、ただの友達と同じだよ。”


友人の言葉が頭の中でリフレインする。そうは言われても、自分たちはまだそこまでたどり着いていない。
やっぱり、ただの友達で終わってしまうのか。その友達でさえないかもしれない、今はただのクラスメイト。
ああ、いよいよそのクラスメイトでいられる最後の日なんだ。
リノアはそう思い、きゅっと胸が締め付けられる思いがした。





クラスメイト〜What shall we do now?〜(2)へ




novel indexへ
Creep TOPへ




inserted by FC2 system