クラスメイト(1)



新年を迎えてから既に数週間が経ったある平日の夕方、リノアは自室のベッドにうつ伏せで寝転んでいた。
右手にはしっかりと握られた携帯電話。
一生懸命ディスプレイに映る文字を追い、ひたすらキーを打ち続けたり考え込んだりを繰り返す。
もうかれこれ30分は続いている。同じ体勢でいたせいか、こころなしか腕の感覚が鈍くなってきていた。

いい加減、一つのボタンを押すことが出来たらその呪縛から解き放たれるというのに
リノアにはその勇気を振り絞る決断が出来ずにいる。

「あ〜!やっぱだめ!やめやめやめ!」
ため息をついて、ようやく電話を放り出し、ベッドにうずくまる。
まだ明るかった窓の外が、気付けばすっかりと暮れ落ちて暗くなっていた。
じっとしていると部屋の温度が幾分ひんやりと感じられる。
しかし、電話を持つ手のひらは汗ばんでいて、いかに緊張を強いられていたかがわかる。


リノアがメールを送ろうとしていた相手は――――クラスメイトでもあるスコール・レオンハート。


無口で、無愛想で、一言口をきいたと思ったら冷たい口調で。
それはリノアに対してだけではなく、ほぼ全員に対して同じ態度をとる、一種の対人恐怖症ともいえるほどの頑なさ。
見た目も中身も本当、見たままの人だな・・・・・・と思っていたのに、
リノアは何故か同じクラスになった時からスコールの事が気になって仕方がなかった。


勿論、整った顔立ちや、長身といった見た目で判断するのもありだ。
女の子だったら2〜3人は一目ぼれしてもおかしくないほどの秘めた憂いさえある。
実際何人もの女子が告白しては振られていったという噂も聞く。

スコールは生来の性格もあってか、人を容易に近づけることはなかった。
しかし、成績優秀・スポーツ万能・何でもこなしてしまうソツのなさから、何故か周りの注目度は抜群というカリスマ性を併せ持つ。

くやしいけれど、リノアはそんなスコールに惹かれている自分を早い段階から自覚していた。

クラスメイトでありながら必要最低限のことしか会話をしないため、ほぼ親しくなるチャンスもなく。
少しでも親しげに話しかけようものなら、周りの「本人非公認スコールFC」の女子たちに何と噂されるかわからない。


リノアはベッドの上で仰向けのまま、しばし天井の模様をどことなしに眺めていた。
ぼんやりと視界の隅に入ってくる街灯の明かりが時折ちかつく。





――――去年、秋の体育祭が終わった頃に卒業アルバム制作委員に選ばれた二人。
各クラス、男女一名ずつの選出で見事(?)くじを引き当てたのがスコールとリノアだったのだ。

(このまま卒業して、はなればなれになるんだろうな・・・。)

こんなことを思っていた矢先の出来事だったので、まさか、という想いと
ひょっとしたらこれから少しでも繋がりが持てるチャンスかもしれない、という想いが交差した。
表向きは仕方なしに、といった感じで連絡先を交換し合い、数回は業務連絡でメールを送っていた。
これを機に、リノアは何度か他愛もない挨拶メールを送ったりもしていたのだが、
必要以外のメールには一つも返信をよこさない徹底ぶり。


一緒に業務が出来るだけでもすごいチャンスなのに、それを活かしきれずにこのまま卒業を迎えるのは何だかもどかしい。
そんなわけでリノアは、以前から学校外で会うきっかけを作ろうと何度もスコールに”お誘い”のメールを送ろうとしていた。
でも、最後の最後でどうしても怖くて送信ボタンが押せないのである。


(このチャンスを逃したくない!)
(でも、嫌われたら…?)
(言ってもないのに何悩んでるの!)
(だって、何考えてるかわかんないんだもん。)


恋する乙女とはよく言ったものであるが、自分がこんなにも意気地がないとは思わなかった。
思い立ったら猪突猛進、周りを振り返る事もなく今までいろいろな事にチャレンジしてきたリノアでも
相手がスコールとなれば話は別だ。



卒業判定テストが目前に迫る。この結果が返ってくれば、卒業式まで残り2週間。
委員会の最後の集まりがテスト最終日の翌日。
クラスメイトだから、卒業式当日までは一緒に過ごせるとしても、それを過ぎればただの他人。
連絡先を知っていたとしても、もしスコールが変更してそれを知らせてくれなければ、そこで繋がりが切れてしまう。
それまでに、何としても自分の気持ちだけでも知ってもらいたい。


リノアが悶々と思い悩んでいるその時、ベッドに放り出していた携帯電話が鳴り出した。
メールの着信音。慌ててサブディスプレイを見ると、そこに見えるはまさかのスコールの文字。
リノアは心臓が締め付けられるかと思った。自然と呼吸も速くなる。

受信フォルダを開くと、すぐに全文が画面に表示された。

『件名:(なし) 
本文:委員会の次の集まりはいつだ?』

そっけないのはメールでも同じだな、とリノアは思わず笑ってしまう。
そっけない人間には同じように返信したいところだが、猛スピードでキーを打ち、返事を返す。
今度はためらわずに送信ボタンを押した。
「……こんなことなら気が楽なのにな。」

ところが、間髪おかずにまたメールがやってきた。
別の友達からか、と思っていたらそれは何とスコールから。
こんなにすぐに、しかも返信に対してのメールが来る事自体初めてだったので
何かヘンな事でも言ったかな?と少々不安になってくる。


もう一度、受信フォルダを開けると、そこにはスコールらしくない文面があった。

『件名:Re.おつかれさま!
本文:ありがとうな。あんた、その後予定あるか?』

画面を見たまま、思わず固まってしまった。
(これって……一体、どういうことなんだろう?)
リノアは高鳴る心臓を抑える事が出来ず、ただただ呆然としていた。





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