こんな恥ずかしいこと言わせんな(前編)





どこからともなく入り込んでくる冷たい風。完全に空調が効いているガーデンの中でも、正面ゲートからの肌寒さまで遮断することは出来ない。
一階廊下は他の施設や部屋に比べるとどうしても空気の通り道になるため、心なしか早足で過ぎ去る生徒もちらほら垣間見える。
普段温暖な気候であるバラムも、クリスマスが近いこの時期だけはトラビア顔負けの冬の寒さが到来していた。




――――――湿った空気が、やがてちらほらと雪に変わり始めた夜更け。スコールの部屋からは、小さな嬌声が不定期に発せられていた。


締め切ったカーテンの隙間から零れ落ちる月の光。部屋の中はその僅かな灯りしか光源がないはずなのに、
お互いのシルエットはあたかも手に取るかのようにわかっている。・・・・・・いや、そうではなく。もはや慣れなのかもしれない。
硬く閉じられた瞼によって視界を遮ることにより、更に増した五感全てで相手を感じとっていた。触れる・・・触れられる・・・それだけを頼りに。

外はきっと冷え込んでいるはずなのに、何も纏っていない身体は熱を持て余していて。
スコールは掌で軽くリノアの肌を撫でようとしても、汗で湿ったそれに吸い付くばかりで、その滑らかさを今は堪能することは不可能に近かった。
諦めた様子で仕方なく抱きしめ、愛撫を続けながら首筋に軽いキスを落とす。小さく強く、吸い付くことで所有欲を満たす印を付けることは忘れない。


いつもの営みだ。スコールに身体中を弄ばれながらリノアはそう理解していてもどこか虚しさだけを残していた。
愛されていること、愛していること、それは”身体では”わかっていても頭がついていかない。
こんなにも自分が大切だと思う相手に全てを委ねていても、肝心のスコールが”見えてこない”。
彼は、それほどまでに幾度となく彼女を求め、攻め立ててくる。
わたしは難攻不落の城じゃないんだよ・・・?そう言いたくても、すぐに次の一手に押し込められてしまう。


(私は、本当に幸せなのかな――――――?)


悲しさでもない、悔しさでもない。リノア自身、制御できない涙が目尻から伝って枕を濡らしていた。




   *   *   *





数時間後、同じカーテンの隙間から今度は眩しい朝の光が差し込む。
昨夜の行為の後、いつの間にか眠ってしまったらしいリノアを一人置いて、スコールは早々に身支度をして部屋を出てゆく。
ドアが閉まり、自動ロックがかかった小さな音で、リノアは目覚めた。

焦点の定まらない目で、部屋の中を見渡してもスコールの姿はなかった。見慣れた、整然とした男の部屋。
人の気配がないのと、先ほどのロックの音でわかっていたはずだったのに、どうしても自分の目で確認しないと気が済まなかった。

・・・・・・ああ、またか。また自分を置いて、何も告げずに出て行ってしまったのだ。


けだるさが残る体を起こし、軽くシャワーを浴びて着替えを済ませると、リノアは空腹だということに気付いた。
そういえば、昨夜はほとんど何も口にしていない。正確に言うと口にする”暇”さえも奪われたのだ。リノアはふっとため息をつく。
気乗りはしないが、何か食べておかないと更に具合が悪くなるのはきっと疲れだけのせいではないのだろう。
食堂へと向かうために、決して軽くはない足取りでスコールの部屋を後にする。



寮生の朝食の時間はとうに過ぎ、候補生は午前中の授業が始まっている時刻だったので、比較的食堂は空いていた。
天井にはめ込まれた擦りガラスから柔らかな光が差し込み、多数の無機質なテーブルをより白く照らしていた。

リノアはトレイにエッグサンドとミルクティーを乗せると、入り口からは程遠い、壁際の4人がけのテーブルについた。
おもむろにティーカップを包み込むように持つと、しばしその温もりに意識を委ねる。一口すすると、身体の芯まで熱くて甘い液体が広がった。

近くのテーブルに座っている人影はなかったので、少しは集中した時間が持てそうだ。こんな時、暇つぶしの本でも持ってくればよかったかな・・・と
今更ながらに後悔するも、今から図書館へ行って何か探すという気にもなれない。リノアは仕方ない、と思いながらエッグサンドにかぶりつく。



「お、リノア一人なんて珍しいな。どうしたんだよ?」

後方から軽快な声がかけられる。振り向くと、右手を上げて”よっ”という仕草を見せながらゼルが歩み寄ってきた。
左手で持つトレイには湯気がたつスープとガーリックパン、水の入った透明のコップが乗っていた。育ち盛りの彼にはいささか少ないボリュームと言える。

「ゼルこそ、今日はゆっくりなんだね。朝もそれだけだなんて、オフなの?」
「あ、いや、昼前から研修があるんだよ。時間的にそんなにがっつりも食ってらんねえし。ったく、めんどくせえよなあ。」

そう言いつつ、後頭部をぼりぼりと掻く。なくて七癖、困ったことがあるとゼルは無意識に頭を掻くことを知っているのは
彼の知り合いの中でもほんの一握りだ。本当に面倒と思っているのだろう。
リノアはふふ、と笑うと「座る?」と空いている真向かいの席を指した。座ろうとした途端、ゼルは気を利かせて訊ねる。

「あ、スコール来るんじゃねえの?」
「ううん。今日はもう出かけちゃったよ。今はわたし一人なんだ。」
「そうか、わりぃな。」

そういうとトレイを置いて席に着いた。
リノアが気兼ねなく話せる友人とはいえ、今ではもう戦友であり旧友でもあるスコールの彼女扱いだ。
それくらいの気遣いが出来なくてどうする、と誰に聞かれたわけでもないのに心の中でゼルは胸を張る。


「もうすぐ、クリスマスだね。」
「ん?ああ、そうだな。」

ゼルは早々にコップの水を飲み干すと、固めのパンを噛みちぎりながら頬を動かし生返事をした。
確かにあちらこちらでクリスマスの歌を耳にする。街にくり出せば赤と緑のオブジェだらけ。意識していなくても忘れることはない。
いつもの微笑みの影に、少し疲れたような、憂いの表情を見せるリノアがぽつりと問いかける。

「ゼルだったら、何をプレゼントされたら嬉しい?」
「プレゼント?さあなあ・・・。何だろうなあ・・・?」

リノアの質問の意図を素早く汲んだゼルは、噛み砕いたパンをスープとともに流し込むと軽く咳払いをした。
きっとスコールへのプレゼントで悩んでいるのだろう。自分が欲しいものを答えたとして、それが果たして彼女の望む答えになるのかどうかわからない。
当たり障りのない返答をして、困っている友人の頼りになれないのもまた辛いところだった。

「そんなに悩むんだったら、直接スコールに聞いてみりゃいいじゃねえか。」
「うん。そうしたよ、そしたらスコールってば、”俺はリノアがいればそれだけでいい”って・・・。」
「あちゃ〜〜〜!なんだよ、それ、完全に惚気か?」
「ちちち、違うよ!そうじゃなくって!」

リノアのさりげない話にあてられたかのように、ゼルはおでこに掌を乗せて”参った”というジェスチャーをする。

「ただ・・・」
「ただ?」
「本当にスコールは”わたしだけ”しか要らないのかな、って思っちゃったり。」
「は?どういうことだよ、それ。」

するとリノアは頬紅が要らない位、真っ赤に染まった顔を隠すように俯くと、目の前のゼルに聞こえるか聞こえないか位の小さな声で話を続ける。


「スコール・・・わたしの”身体だけ”しか要らないのかな・・・?」


ゼルはその大胆な一言を聞いて思わずすすっていたスープを噴き出しそうになった。慌てたせいか逆に気道に入りかけ、むせぶ。

「ちょっ・・・!お前・・・何てこと・・・!」

リノアは両膝の上でこぶしをぎゅっと握り締めながら、心なしか泣きそうな顔でゼルを見上げた。

「だって、スコールってば、任務が終わってわたしと一緒にいる時はいつもわたしの・・・」
「―――ストップ、ストップ!ちょ・・・っと、待て!」

堰を切ったように話し出すリノアを手で制す。ゼルの顔も、リノアに負けず劣らず真っ赤になっていた。

ゼルはあたりを軽く見渡して、近くに誰もいないことを確認した。こんなこと、おおっぴらに話すことじゃねえよな・・・と内心かなり焦っている。
念のため、周囲に聞かれないようにぐいと身を乗り出し、こころもち声のトーンを抑えて再び話を続けた。

「お前、いくら友達だからって言ってもなあ。こうもリアルに相談する内容かよ!?こういうの、ほら、アーヴァインとか、
 他にキスティスとかセルフィだって同じ女子だし話しやすいだろうが。何で俺なんだ?」
「だって・・・。アーヴァインってすごくこういうの慣れてそうだし・・・。」
「だからだよ。」
「慣れてるからこそ、聞いたら聞いたで余計に考えちゃいそうで。それに、キスティスたちだとどうしても女の子目線で
 アドバイスくれちゃうでしょ?そしたら相手の考えなんてわかんないままだもん。」
「だからって、何で俺?」
「ゼルって、あの仲間内ではスコールと同じ時間を過ごしてるのが一番多いでしょ。
 わたしとティンバーで会った時からじゃなく、孤児院からの付き合いっていうのもあるし。わたしが知らないスコールはまだまだいっぱいあるの。
 それは遠慮とかそういうのじゃなくて、埋められない過去も含めて。ゼルから見たスコールが、どんな人なのかをわたしに教えて欲しいの。」

リノアは最後のお願い、と言わんばかりに両手を顔の前で合わせる。そう言われて、ゼルは確かにそうかも、と思った。
サイファーを除けば、アルティミシアに立ち向かっていった中ではスコールと共に人生を歩んできている野郎仲間は
自分が一番長い、ということも自覚はしていた。だからといって恋愛経験が少ないのはゼルだって同じはずだ。
こういう悩みを異性から打ち明けられたとして、果たしてそれを解決できる糸口を与えてやれるのか、一抹の不安がよぎる。

「うーん・・・。まあ、その、なんだな。」

的確なアドバイスは出来ないかもしれない。それでも、目の前で悩んでいる友人を無碍にすることも出来ない。ゼルは根っからのお人よしなのである。
出てもいない鼻をすすりつつ、いつもの指貫グローブから出た指先で軽く鼻先をこすった後、言葉を紡ぎ始めた。

「俺だって、スコールの気持ち何でもズバズバ当てられる訳じゃねえよ、むしろ未だにわからないことだらけだ。
 あいつ、いつしかみんなにも心を閉ざすようになっちまってからが相当長かった。G.F.の代償で忘れてることもたくさんあった。
 リノアがあれだけあいつの心をほぐしてくれたお陰で、今俺たちだってようやく普通に接することが出来てる・・・様な気がするんだ。
 それでも、まあ、まだまだなんだけどな。」

ゼルの言葉にリノアはくすっと笑みを浮かべた。今更フランクに接するのは気恥ずかしいのか、
ちょっとぶっきらぼうに皆の相手をするいつものスコールを思い浮かべて可笑しくなったのだ。

「最近、一緒に派遣先に行ったりして思うのがよ、あいつ本当に無駄なく仕事をこなすようになったなあ、ってことなんだ。
 SeeD候補生の頃から、成績優秀だったのは認めるぜ。でもそれは自分だけが全てで、他の人間がどうなろうがお構いなし、ってところがあった。
 任された仕事を完璧に遂行するのはSeeDである以上当然のことなんだけどよ、”あの戦い”以降、もっと周りのことまで気遣うように、
 そしてよりスピーディに人や物事を動かすことが出来るようになってきた。前はもっと機械的に、言われるがまま動いてたはずなのに。
 ・・・で、俺考えたわけだ。ああ、こいつ、本当にリノアの元に帰りたがってるなあ、って。」
「・・・・・・。」
「どんな任務だってそつなくやってのける。ちょっとやそっとじゃ出来ないことでも、あいつなら完璧に、信じられないスピードで結果まで出して、
 生きてガーデンに帰還する。自分じゃ気付いてるのか気付いてないのかわかんないけどさ、あいつ本当にリノアのこと大事に思ってるぜ。
 傍から見てる俺でさえそう思うんだ。お前が信じてやらなくてどうすんだよ。」
「でも、それじゃあ何でスコールはわたしばっかり求めるの?わたしだって、もっともっと、スコールのために何かしてあげたいのに。」
「もう、何も失いたくねえのかもな。大切な仲間や時間もそうだけどさ。魔女記念館のときのようにもう二度と、大事だと思ったリノアを離したくないんだ、きっと。
 あいつ、本当に不器用だから、今でもまだそうだから。言葉でお前を安心させられる術まで身につけられてないんだよ。だから行為に走っちまう。」
「・・・・・・。」
「あ、これあくまでも俺の推測でモノ言ってるんだからな!スコールはもしかしたらもっと別のこと考えてるかも知れねえし・・・って、
 これじゃあ答えになってねえよな。」

あーあ、とゼルは再度ぼりぼりと後頭部を掻いた。リノアが求めてる答えは多分これじゃないとわかっている。
自分に相談してきた理由は、客観的に見て雄としての本能に起因するモノであるんだ、と話して欲しいのだということを理解はしている。なのにどうしても
スコールの現状を話してしまう自分に、ゼルはとことん困り果てた。せっかく大切な友人が頼ってくれているというのに、それに応えてやれない不甲斐なさ。


(あいつのこと言えねえ、俺も、ほんっと〜〜に、不器用だよな・・・・・・。)


一体誰のお陰でこんなに悩んでるんだ、と八つ当たりしそうになるのをぐっと堪える。
そんなゼルの心境などお構いなしに、黙って話を聞いていたリノアはほんの僅かな静寂を割いて、微笑みながら突然口を開いた。

「ありがとう、”物知りゼル”。」
「・・・へ?」
「スコールがよく言ってたの、わたし知ってるから。」
「そ、そうなのか?」
「うん。”失うのが怖いから、それなら最初からいらない?”ってわたしが問いかけてそう頷いたこと、今更ながらに思い出した。
 そうだよね、きっとゼルの言う通りだとしたら、わたしもっと自信持っていいんだよね。きっと、そういうことだよね。」


納得したのかどうかはわからないが、先ほどのような気鬱にまみれた表情ではなかった。
どうやらリノアはゼルの言葉で何かのとっかかりを見つけたらしい。後は、それをどうあの鈍感男にぶつけるかが問題だ。


リノアはとうに冷めた残りのミルクティーを一気に飲み干すと、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
そして、いそいそとトレイを持つと再度、「ありがとう」と言って食器返却口へと歩いていった。その姿を見たゼルは安堵の息をついた。
もうあの時のスコールでもないし、リノアもそれをわかっているはず。
大丈夫、あいつらは何だかんだいってもうまくやっていけるんだ。

そう思いながら、ゼルも残ったパンとスープを急いでかき込み、早々に研修へと向かっていった。


スコールの今回の任務終了予定すなわちクリスマス当日まで、後3日――――。



後編へ

(2012.12.21)


novel indexへ
Creep TOPへ




inserted by FC2 system