こんな恥ずかしいこと言わせんな(後編)




三日後―――ガーデン内のあちこちでは少しではあるが浮き立つ雰囲気が漂っていた。
非番のものはクリスマスを楽しむ準備に追われており、主だった施設ではそれらしい飾り付けが施されていた。
食堂ではイブと当日には特別メニューが組まれ、年少クラスにはケーキのご褒美まで出ていたらしい。



日もどっぷりと沈み、冷たい風が吹きすさぶ中、短期任務を終えたスコールがガーデンへ帰還した。
重量感のあるSeeD服の上に羽織っていた濃色コートの肩には、今しがた降り始めた粉雪がうっすらと残っていた。
カードリーダーを抜けると、それらはあっという間に小さな丸い水滴へと変わる。

SeeD寮の自室は暗く、ひんやりとしていた。出かける前とほとんど何も変わっていない、変わっているとすればベッドにまどろんでいたリノアの姿がないだけ。
仕方ない、とスコールはため息をつく。三日前の出立も後ろ髪を引かれる思いで任務に出かけた。声をかけ、起こしてその身体に触れてしまえば
到底離れがたいものであることは身をもってわかっているから。だから何も言わず、彼女の眠りを妨げることなく出て行ったのだ。
帰ってきたら、いつものように明るい笑顔で出迎えてきてくれて、ぎゅっと抱きしめてくれるのを待っていた。それが当然だと思っていた。

しかし、今日はクリスマス。お祭り好きな彼女のことだ。きっと仲間と共に楽しんでいるであろう。それはスコールもよくわかっていた。
頭ではわかってはいたけれど、実際に一人部屋に残されると何とも寂しい気持ちになる。昔はこれが当たり前で、
自分の隣に誰かが居る、なんてことは煩わしい以外の何物でもなかったのに。あまりの変わり様に、自分でも可笑しさがこみあげる。


ガンブレードケースやその他の荷物を机近くの壁際に置き、コートだけ椅子の背もたれにたたみ掛ける。後は学園長室へと報告に向かうのみ。
スコールは結局、部屋の灯りを点けることなく部屋を出た。


   *   *   *


寮棟から渡り廊下を抜け、一階のメイン廊下を時計回りに進む。
反対側から回ろうかとも思ったが、食堂や校庭へと続く中庭は一日中人目があり、何かと足止めを食うことが多い。
普段この時間帯に帰還するSeeDも少なく、訓練施設も比較的空いている時間のため、辺りも暗くなると自然とこちら周りでエレベーターに向かう習性がついていた。


ふと前方を見ると、見慣れた顔が左腕を押さえながら訓練施設から出てきた、ゼルだ。スコールはおかしい、と首をかしげる。
彼もまたSランクSeeDであり、そう簡単にヘマをやらかすとは思えない。もしかして、最近凶暴化しているというアルケオダイノスにでもぶちあたったか。

そう思うと同時にゼルも向かってくるスコールに気付いたのか、へらっとした笑みを浮かべて立ち止まった。

「よう、今帰りか?」
「ああ。これから学園長へ報告に行くところだ。ところでそれ・・・”アイツ”か?」

庇う左腕に目線をやりながら尋ねた。力が入らないのか、ゼルはだらんと腕を下げている。

「そうなんだ、参ったぜ・・・。最近事務仕事で鈍ってたから気分転換に入ったら見事エンカウントしちまってよ。いてて・・・。」
「気をつけろよ、今日は満月なんだ。いつもより”アイツ”が凶暴なのはわかっているだろう。」
「今日はちょっと油断しただけだ。次はそんなことな・・・いっ!」

スコールが軽くゼルの左腕をはたく。思った以上に打撲傷はひどいらしい。

「ほら見ろ。とりあえず、カドワキ先生に見て貰え。早く治さないとまた明日以降の仕事に差し支えるぞ。」
「わーってるって!本当にお前、ワーカホリックだよなあ。」

二人してロビー方面へと歩き出した。負傷したのはどうやら左腕だけのようだ。歩く足取りはしっかりしている。
しかし、ゼルの武器は何と言ってもその鍛え上げられた両腕から繰り出す強烈な拳の威力だ。
たとえ訓練とはいえ、怪我が長引くことはすなわち自分に対する危険度が増すことも意味している。自分の身は自分で守ることがガーデン傭兵の鉄則だ。
スコールは、我が身のことではなくともそういう自己管理に於いても多少の注意を促す立場になってしまったことが憂鬱だった。
好きで多忙になっているわけじゃない・・・と同時に、ちらりと黒い絹髪が脳裏をよぎる。

こっちに関しては、いくら注意を惹かれても全く問題がないというのに――――――。



ふと、思い出したようにゼルが呟いた。

「お前さあ、忙しくてあんま時間取れないのわかるけどさ。ちょっとくらいリノアのこと、休ませてやれよな。」
「・・・・・・は?」
「俺なんかが言わなくても、きっとアーヴァイン辺りが言うだろうと思ってたけどよ。」
「悪い。何のことだかさっぱりなんだが・・・。」

スコールの問いかけに、ゼルははっと我に返った。一体今、何を口走ったんだ?途端にゼルの顔から血の気が引く。
先日リノアに真剣な眼差しで相談されたこともあり、何とかしてやりたい・・・と思う一心で余計なお節介心を出してしまった。
無意識とはいえ、一度出した言葉に引っ込みがつかなくなった。
ゼルの慌てふためくその態度を不審に思い、スコールはいぶかしげに眉をひそめる。

「あー・・・、えっと、そのう・・・・・・。」
「ゼル。お前、リノアに何か吹き込んだのか。」

一気に不機嫌な雰囲気を醸し出すスコール。いつも刻まれている眉間の皺がより一層深くなる。
最近のスコールは、リノアが絡むと感情を露にすることが多くなってきた。
昔からの仲間にしたら、喜怒哀楽がはっきりして人間味が出てきた、と喜ばしいことなのだが、今のゼルにとっては身の危険を感じる以外のなにものでもない。

「ちょっ、ちょっと待った!俺、何も言ってねえって!」
「お前の態度を見ればわかる。」
「そんなこと言うなって!切り出してきたのはリノアだぜ!」
「リノアが・・・・・・?」

ちょうど目の前にはロビーの案内板が目に入ってきた。このあたりだと人目につきすぎる。
ゼルはきょろきょろと辺りを見渡すと、右腕をぐいっとスコールの首に回す。ゼルよりも少し身長があるスコールは、勢いに呑まれて前のめりになる。

「おい・・・!?」
「いいから、ちょっとここに座れって。」

勢いでベンチに腰かけると、ゼルがぐっと身をかがめながら小声で話しかける。

「時間ないんだろうから、手短に話すけどな。リノア、お前の態度に相当思い詰めてたんだぜ。」
「俺の・・・?」

スコールは未だ不安を隠せない表情をしている。何かしたか?と言いたげな視線を遮り、ゼルはか弱き友人の悩みを代弁する。

「リノアも俺なんかに話すなんて相当キてたんだろうな。本当は誰に聞かれるかわかんねえ、こんな所で話すことでもねえんだ。
 でもよ、お前どうせ報告が終わったら今夜はリノアと会うんだろ?悩みの内容からして、先にお前の耳に入れとかねえと、
 リノアまた思い悩んじまいそうでさ。やっぱ、友人としてそこら辺は見逃せないと言うか・・・・・・。」
「前置きはいい、早く要点を話せ。」
「あ、はい。そうですね、すみません。」

ゼルは凄まれて途端に身を縮ませると、リノアが自分に打ち明けてきたことを端的に話す。
その話をスコールは、身に覚えがあるのかないのか、組んだ両手を口の前にやりながら否定も肯定もせずただ黙って聞いていた。

「・・・・・・何だか最後は納得したみたいで、明るく去っていったけどさ。あれから何かリノア言ってなかったか?」
「いや・・・、今回の任務先は電波状況があまり良くないところだったから、ガーデンへは緊急無線以外の連絡は入れていない。」
「そうか。」

声を聞けていたら、もっと気持ちの持ちようも違ったかもしれない。いや、むしろ声を聞いたら心が折れそうになっていたかもしれない。
そういった意味では任務に没頭することが出来た。今回は短期だったからまだ良かったものの、一週間以上も声が聞けない状況が続くと正直参りそうになる。


ここまで自分は、彼女に依存していたのか・・・と改めて自覚のなさにスコールは頭を垂れた。
ゼルも、この場で話すことは果たして良かったのかどうかと思ったが、乗りかかった船だ、見捨てるわけにはいかなかった。
右手で後頭部を掻きながら、更に話を続ける。


「なんて言うかさ、お前らまだまだ自分たちだけで解決できることって多くねえだろ。今回のは、ちょっとお前にとっては他人に
 聞かれたくない内容だったかもしんねえけどさ。でも、異性だから言えることだってある。それだけリノアは信頼して俺に話してくれたってわけだ。」
「・・・・・・。」
「俺たちから見ても、リノアと会ってお前随分変わったと思うぜ。自分でもそう思ってるんだろ?」
「・・・それは、否定しない。」

俯きながらぽつりと返事する。顔には出ていないが、きっと照れているのだろう。こういう仕草も以前のスコールには見られなかった。
全く、大した進歩だよ―――とゼルは内心にんまりとした。

「別に俺がスコールにどうこうしてくれ、とか言う筋合いじゃないのもわかってる。ただ、自分勝手に事を済ますなよ。相手あってのことなんだろうよ。」
「・・・・・・。」
「ま、気持ちはわからないでもないぜ。リノアは本当にいいやつだしな。」

慰めてるのか説教しているのか、どうもわからなくなってきた節はあるが、スコールもゼルの気持ちがわからないわけでもなかった。
むしろ、同性からの意見として、リノアの存在を再確認させてくれたことは非常にありがたかった。
自分の行為を省みて、確かに彼女の意思などおかまいなしに溺れていたことは認めざるを得ない。
スコールはぐっと拳を握り締めると、ゆっくりと、噛み締めるように想いを口にした。

「俺にとってリノアが一番だってこと、あいつはわかってると思ってた・・・。リノアもそうだと、思っていた。
 それにかまけて、自分の思いをきちんと伝えることなく突っ走ってるなんて、俺って最低な男だな。」
 
その瞬間、ゼルは、自分の耳を疑った。まさか、この男がこんなことを考えていたなんて。
やはり、普段見ている自分の考えは間違いじゃなかった。スコールは今、誰よりも何よりも、リノアのことを一番に想い、大事にしていることを。

「そんな台詞、スコールから聞けるとは思わなかったぜ。」
「・・・こんな恥ずかしいこと、他のやつに言えるかよ。」
「そりゃそうだ。」

お互い顔を見合わせて、ふっと笑みをこぼした。いつもの大人びた彼らではなく、歳相応の少年らしい笑顔だった。さて、とゼルが腰を浮かす。

「わりい、引き止めちまったな。」
「いや、いいんだ。聞けてよかった、ありがとう。」

スコールから感謝の言葉を聞けるとは思わなかったので、ゼルは思わず目を丸くしたが、すぐに親指を立ててにかっと笑った。

「大丈夫、誰にも言わねえから安心しろ。ただし、リノアにだけはその気持ち、ちゃんと伝えてやれよ。」

スコールは力強く頷く。ゼルも無言の返事をすると保健室の方角へ、スコールはエレベーターへとそれぞれ歩いていった。


   *   *   *


スコールは学園長への報告を済ませ、再び自室へと戻ったが、明かりは点いておらず未だ部屋は暗いままだった。
まだリノアはどこかの施設にいるのだろう。簡単ながら立食パーティーらしきものを食堂で開いているので、きっとまだそこにいると思われる。
小腹が空いてはいたが、そんな雰囲気の中で食べるのは自分の性に合わない。それを見越して、簡単な軽食を買い込んでいた。

手探りで室内灯のスイッチを押す。一瞬にして眩しくなったせいで、思わず目をしかめた。一つ息をつくと
簡易キッチンの蛇口をひねりケトルに水を入れ、コンロにかける。湯を沸かす間に着替えを済ませ、荷物の整理に取り掛かった。

手を止めてふと、窓に映る己の姿を見た。そこには他に誰も居ない、ただ一人だけが存在する空間。決して広くはない部屋の中がとても広く感じられた。
ゼルにあんな話を聞いたせいかどうかわからないが、無性に人肌が恋しかった。いつも以上にリノアの柔肌に触れたいと思った。
しかし、欲望だけに突っ走ってしまうと、結局以前と同じになってしまう。どうすれば、抑制しつつ、自分の思いの丈を伝えられるだろう。


一人、悶々と思い悩んでいるうちに、ケトルから沸騰音が鳴った。ふと我に帰って火を止める。
ティーパックが入った箱に手を伸ばすとそこで、無意識のうちにカップを二つ出していたことに気付いた。
リノアはいつこの部屋に戻ってくるかわからない。そもそも今夜は来ないかもしれない・・・。
そう思って自分の分だけ紅茶を作って、まだ湯気が昇る熱いうちにカップへと口付けた。


黙々と軽食をたいらげ、紅茶も最後の一口を飲み干した時、自動ドアのロックが外れ誰かが部屋に入ってくる気配がした。

ああ、リノアはここへ戻ってきたんだな―――。

そう思い、スコールはおもむろに入り口へと視線をやるとそこにはサンタクロースの格好をしたリノアが頬を赤らめて立っていた。


「あ、スコール。おかえりなさい・・・。」
「あ、ああ・・・、ただいま。」
「あの、あのね。クリスマスだからちょっと仮装してみようよ、ってセルフィたちに無理矢理着せられたんだけど・・・。」

恥ずかしげにスコールを見つめる瞳は心なしか潤んでいた。
結い上げられた髪で、いつもはあまり見る事が出来ないうなじから肩先にかけてのライン。
大きく開いた胸元からは、零れ落ちそうな白い滑らかなデコルテ。
太ももが露になるくらい、短くなったスカートの丈。

あいつら・・・絶対に楽しんでやってるだろ・・・。

そう思いつつ、スコールはリノアに歩み寄ると、そっとその身体に触れる。一瞬、リノアの身体が強張ったがそれも予想の範囲内だった。
優しく引き寄せ、腕の中に包み込んだ。じっと、お互いの体温を触れ合わせる。心臓が強く脈打つ。どうしようもない位に、全身が反応していた。
スコールは、少し身を離すと右手でリノアの顎をくいと持ち上げ、そっとキスをした。その柔らかな唇はとてもとても潤っていて、そして熱かった。

「リノア。ゼルから聞いた。色々辛い思いさせてたんだな・・・ごめん。」
「あっ、あの!それはね・・・・・・っ」

ゼルから聞いた、という台詞に反応して慌てるリノア。まさか、本人にまで伝わるとは予想していなかったのだ。

「俺、自分のことばかり考えて・・・リノアの気持ち無視して・・・。」

うなだれながらも、身体は正直に反応していた。どれだけ頭では違うことを考えようが、目の前の誘惑の刺激は思ったよりも強烈で。
悪友による悪巧みの結果を目の当たりにして、スコールの理性がそう長くもつ筈もなく。

「でも、悪い・・・。やっぱり我慢・・・、出来そうにない・・・・・・。」

そう言うと、今度はいきなりリノアの口に舌を割り入れ深いキスを繰り返す。湿っぽい淫音と荒い鼻息は瞬く間に激しさを増してゆく。
スコールはそっと背中に手を回し、ゆっくりと赤い衣装のファスナーを下げてゆく。
空いた隙間から手を滑り込ませると、リノアは手の冷たさに身体が反応し思わずスコールのシャツを握りしめた。

「や・・・・・・。」
「今夜はこんなに可愛いサンタが俺のためにプレゼントを持ってきてくれたんだ、頂戴しないわけにはいかないだろう?」
「もう、スコールってば・・・。」
「優しくするから。」
「・・・・・・もう、充分優しいから、いいよ。ちゃんと”わたし”を見てくれているの、わかったから。」
「俺、やっぱりリノアに溺れていたいんだ。」



くすくすと笑うリノアの手をとってベッドへ横たわらせると、スコールはその上からゆっくりと覆いかぶさった。
歓喜と快楽の波が渦巻く、長い夜はこれから始まる――――――。





Happy Merry X'mas...



Fin.


(2012.12.25)


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