Melty Kiss(前編)



厚い雲の切れ間から、時折のぞく太陽の欠片。
それは僅かながらにも春の訪れを予感させる、穏やかな光。

ここ1週間ほどは頬を切り裂くような冷たい風と、体の芯から凍りつきそうな底冷えのおかげで
表通りを歩く人の姿もまばらであったが、この日は久々の陽気につられて自然と賑わいが感じられた。




――――そんなある一日のこと。
バラムのショッピングストリートにて、二人の少女が絶え間ないお喋りに興じながら歩いていた。


「ここ、ここ!ここなんだ、今朝見たニュースでやってたお店!」


黄色いニットワンピースを身に纏ったセルフィが、一緒に歩いていた少女の腕を引っ張る。
どうやら朝の情報番組で、特集が組まれていた店らしい。

「へえ〜。こんなお洒落なお店が出来てたんだね。わたし、全然知らなかったよ。」

セルフィと共にここまでついてきたリノアは黒曜石の瞳を大きく見開き、建物の概観を仰ぎ見る。
見上げた途端、手入れがよく施された黒髪が背中の真ん中までするするとのびるように移動した。


ちょうど1ヶ月前にオープンしたばかりの、チョコレート専門店。
本店はドールにあり、バラム出身の世界的に有名なパティシエが支店長として抜擢され、このバラム2号店を任されることになった。

2号店は、本店の重厚感あふれるレンガ造りの建物とは違い、いかにも現代的なラインで出来上がっている。
遠目から見て、一目で目印となりそうな、チョコレートカラーをイメージした円形のエントランス部分から
白い外壁が建物を一周囲んでいるのが特徴的だ。
派手な看板や余計な装飾も一切なく、店名だけがいたってシンプルに、オレンジ色のバラム文字でエントランス上部に描かれている。

入り口の庇部分は、溶けたチョコレートをモチーフにしているのが、なんとも女の子受けしそうな感じで好感が持てる。
一枚ガラスをふんだんに使い、店内の様子が一目瞭然である。
ガラスは毎朝、開店前にしっかりと掃除が行われているのだろう、傷や曇りは一切感じられないほど磨き上げられていた。


リノアは、見とれながら店に近づくと、その横からセルフィが遠慮なしに入り口の取っ手に手をかけた。

「リノア?行くよ!」

リノアが我に返ると、セルフィは店内に足を踏み入れようとしている所だった。
慌てて閉じかけたドアに手をやり、反動で重くなったドア全体に体重をかけるように取っ手に力をこめる。



「いらっしゃいませ〜!」

カウンター内から、元気のいい若い女の子の声が2重3重と聞こえてくる。
テレビで紹介された影響もあるのだろう。チョコレートが陳列してあるガラスケースの前には
少なく見積もっても10組以上のお客が一生懸命、ケースの中を吟味したり、中には会計待ちをしたりしていた。

「うわぁ、混んでるねぇ…。」

リノアは、思わず声に出してしまう。
これではお目当てのチョコを選ぶどころか、ショーケースに近づく事さえ困難なのではないかと思えるほどだ。

「そりゃそうでしょ〜!だって、もうすぐバレンタインなんだし!」
「それでも、こんなに混んでるとは思わなかったよ。」

まがいなりにも、ドールで人気を博している老舗の支店である。
例えテレビで紹介されていなくとも、こうなるであろうことはある程度は予測はしていたが
実際店舗に足を運んでみて、改めてその人気が本物であると言う事に驚いた。


「でもさ、直前のこの時期に、店の外まで並んでないだけマシだよ?」
「そっか…。そうだよね。」
「とりあえず〜、ゆっくり見たいのはやまやまだけど。あたし、あんまり時間なくてさ。ちゃっちゃと選んで帰ろうよ!」
「う、うん……。」
「ま、リノアが手作りできたらいっちばんいいんだけどね〜?」
「う。どうせ、わたし不器用だもん!」

にやりと笑うセルフィに対して、軽く頬を膨らませて抗議の意を示してみる。
しかし、不器用さにおいては右に出るものがいないくらい、「真のぶきっちょさん」とまで言わしめているリノアのことだ。
仮に付け焼刃なレシピで手作りチョコなんぞをスコールに食べさせて、
それがどえらい事態に発展でもすれば、SeeD業務全体に支障をきたしかねない。
そう自身で判断したからこそ、共に買出しに付き合ってくれるよう打診したのだ。

(……なんだか、手作りの一つもプレゼントできないって女としてどうなんだろう、コレ。)
リノアは半ば呆れて、自分自身に対して情けなさがこみ上げてきそうになる。


一方、セルフィは世界中を任務で駆け回っているSeeD、スコールの同僚でもある。
多忙な中、リノアの”お願い”に快く応じて、何とか暇を見つけて付き合ってくれる事になった。
情報収集を得意とするセルフィは、中々外出が出来ないリノアに代わって
色々と洋菓子店を物色していたのだが、これといって好みの店を見つけられずにいた。
正確に言うと「リノアの彼」が好みそうな味覚のチョコが置いてある所、なのだが。

約束当日になっても納得いくところが見つけられなかったので、仕方なしにバラムデパートにでも向かうか、
と思っていた矢先に飛び込んできた、朝のテレビ画面。
それを見た瞬間に、セルフィの脳内はフル回転したことは想像に難くない。



クラシックのBGMが微かに流れる店内は、空調が効いているせいか、それとも来店客数の多さからか
レトロな雰囲気には似つかわしくないくらいに騒々しいものだった。
カウンターでは、店員が客から承った注文を間違えないように復唱し、確認する姿が見受けられる。

客は、バラムに昔から住んでいるであろう、品のよさそうな初老の女性がほとんどだった。
若い女性客も、ちらほらとカップルで選んだりしていたが、圧倒的に少ない。
おそらくそういう年代の子たちは、自分たちで材料を吟味して購入し、
今から一生懸命自宅のキッチンで丁寧に手作りにチャレンジしているのであろう。



「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりですか?」



リノアが考え事をしながらケースを眺めていたとき、不意に頭上から声をかけられた。
ケースよりも、カウンター内の方が数十センチ高くなっている仕組みなのだろう。
ふんわりとした白いカチューシャをかぶったアルバイトらしき女の子は、
無理に背伸びをしているような様子ではなく、ごく自然に、笑顔のまま明るい声で二人の注文を取りにきた。

「あ、おねがいしま〜す。えっと、これと、これとぉ〜……。」

声をかけられて慌てふためくリノアを尻目に、セルフィは淡々とケース内のチョコレートを指差していく。
セルフィの注文が終わると、店員は次にリノアの方を向いてたずねてきた。

「お連れ様は、どれになさいますか?」
「あ、え、えっと…………。」
「リノア、どれにするの〜?はんちょ、あんまり甘いもの好きじゃなさそうだから迷うよね〜?」

全く決めていなかっただけに、リノアは余計に焦ってしまい、ケースの前で固まっている。
セルフィの言うとおり、スコールはあまり甘いものを欲しがるタイプではなかった。


(どうしよう……。でも、今日しか選びに来るチャンスがないし……。)


ふと、焦るリノアの視界に入ったのは、小さな金箔がコーティングされている2つ入りの丸チョコ。
洋酒が少し含まれているらしく、それでいて値段も思ったより高いものでもなかった。
これなら甘いものが苦手なスコールでも食べてくれるかな、と思ったリノアは
遠慮がちに「コレ、下さい。」と指差しながら注文した。


店員が一つ一つ、他の客と同じように内容を復唱し、確認をする。それに頷く二人。

「会計はあたしが一緒にしておくよ〜。」
「え?それじゃ悪いよ。わたしの分は自分で払うから!」
「いいって、いいって!あたし、義理チョコもいっぱい買ったし。リノアは頑張ってくれたらそれでいいの〜!」

何を頑張ればいいのかイマイチよくわからないリノアは先に入り口付近まで移動をする。
小さな店内でもこう人が多ければ、入り口までたどり着くのも困難だ。軽くため息をついた。

(いいのかな、悪い事しちゃったな。また何かの機会にお返ししなきゃ。)

そんなリノアの気持ちなど知る由もなく、セルフィはカウンターで店員と金銭授受のやりとりをしていた。
メッセージカードでも書いているのだろうか、何やら店員からペンを借りていた様子で、にこやかに返している姿も目についた。
手にオレンジカラーの小さな紙袋を二つ持ち、リノアの元にやってくるセルフィ。
その内の一つをリノアに手渡しながら、セルフィは満面の笑みを浮かべた。

「リノア、ごめん、お待たせ!はい。これリノアもといスコールの分!」
「ありがとう。」
「じゃあガーデンにかえろっか〜。」

セルフィはそのまま踵を返し、今度はドアの取っ手を勢いよく内側に引き込んで開けた。
その途端に少しだけ温度差を感じさせる風が舞い込み、二人して寒さを実感する。
少し暖かくなった日中とはいえ、まだ2月の半ばだ。温まった体には吹く風さえ冷たく感じた。

おそらく店内の滞在時間は待ち時間も含めて30分くらいだっただろう。
それでも次から次へと客は途絶える雰囲気を見せなかった。
店を出て、リノアはその人の多さに圧倒されたかのようにセルフィにつぶやく。

「ほんとう、すごい人気なんだね。すごい人でビックリしちゃった。」
「あたしも正直ビックリしたけど〜。でも、その分美味しいってことだよ、喜んでくれるといいよね〜。」
「うん!そうだね。そういえば・・・セルフィはアーヴァインにあげるの?」
「ん〜ん?内緒だよ〜?って、何でそこでアーヴァインが出てくるわけぇ〜?」

二人の明るい笑い声が、バラムの街中に響く。石畳に並ぶ影が、少しだけ長くなっていた。

(スコール、ちゃんと食べてくれるといいな。その前に急な任務が入らなければいいけど………。)

期待と不安を胸に、リノアはバラムガーデンへの道程を急いだ。





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