クラスメイト(2)



らしくないことをしてしまったと、たった今送ったメールの画面を見て、スコールは小さく息をもらした。

冬至からかなりの日数が経ったとはいえ、まだまだ日の入りは早く、住宅街ではちらほらと玄関ポーチの明かりが灯り始めていた。
吹きさらしの風が冷たい。さらした手先からはみるみる体温が奪われてゆく。


短い文面を打つだけのために、ダウンコートのポケットに丸め込ませていた手を出して、小さな携帯電話のボタンをこまごまと操作する。
以前まで、スコールはこういった作業がひどく嫌いだった。

他人とのコミュニケーションを過剰にとりたがらない彼にとって、電話で話すよりもメールでのやり取りの方が幾分気が休まる。
それでも必要に迫られない限り、その機能を使うことはない。

なぜ今送ろうと思ったのかは、スコール自身もよくわかっていなかった。
ただ、細いT字路の角に差し掛かったときに、脇から出てきた散歩途中の犬を見かけて
唐突にクラスメイトのリノアのことが思い浮かんだからかもしれない。
何かの会話の拍子で、リノアが犬を飼っているということをスコールは知っていた。





――――ひょんなことから卒業アルバム制作委員なんてものに選ばれてしまった。
委員会は不定期に収集をかけられていたが、さすがに卒業も近くなると一週間に一度のペースで呼び出される。
面倒くさいのなら何かと理由をつけて欠席をすればいいだけのことなのに、
他人との関わりを持ちたがる事を嫌がるスコールにしては珍しく、集まりにはほぼ毎回参加していた。


理由は、一緒に委員に選ばれたリノアの存在だろうか。


自分に群がる女子なんて、いわば有象無象、いてもいなくても同じ存在。
入学当初からそんな感覚で過ごしていたスコールにとって、3年生に上がった時に初めて一人の女子に目を奪われた。
彼女の名は、リノア・ハーティリー。
ぱっと見はごく普通の一般生徒。制服も、髪型も、仕草も、どこにでもありふれている女子高生の一人に過ぎない。

(……こんな奴、うちの学年にいた……か?)

リノアの何がスコールを惹きつけたのかは、彼自身は到底わかるはずもない。
スコールも気のせいと自分に言い聞かせて、敢えて意識しないよう努めてきた。

なのに、いつしか目線は彼女を追うことが多くなっていた。
教室のどこにいても、彼女がどこにいて、何をしていて、どんなことを喋っているのか。
どうしても意識がそちらに向いてしまいそうになる。


普段からスコールは「何考えてるかわからない奴」というレッテルを貼られており、
本人も余計な干渉を受けずに済むならその方がありがたい、と思って生きてきただけあって
そのような感情が自分の中にあるなんて思ってもみないことだった。


(俺、あいつのこと、なんでこんなに気になるんだろうか…。)


いつからだったか。リノアの事を考えるだけで、変に鼓動が速くなる。
意識の外に追いやろうとしても、脳裏に浮かぶのはくるくると笑う彼女の明るい顔。


クラスメイトということで、何度か彼女から話しかけられることもあった。
それは、特にスコールだから、ということではなく、ただの用事であったりとか、授業中の素朴な質問だったりだとか。
その都度そっけない態度で返してしまっていたかもしれない。
やはり他の者と同じように「何考えてるかわからない」とでも思っていることだろう。


委員に選出された事をきっかけに、リノアと連絡先を交換する事になった。
たった11桁の電話番号と、彼女らしい英数字の組み合わせからなるメールアドレス。
その内容から察するに、どうやら3月3日が誕生日らしい。
そんな事を知ってどうすることも出来ないのに…などとうそぶいてみても、
スコール自身リノアのことを意識しているのは隠しようがないところまできていた。
それでも、例のポーカーフェイス、もとい不機嫌極まりない表情のおかげか、周りの人間に気づかれる事はなかったのだが。


冬休みに入る直前、年内最後の委員会の日。
いつものように帰り支度をしていたスコールに、リノアが話しかける。
丁寧に手入れが施された黒い髪がさらさらと、襟元から肩にかけて流れ落ちる。
「今日もおつかれさま!年明けてから忙しくなりそうだけど、頑張ろうね!」
満面の笑みを浮かべて、透き通る明るい声が耳に心地いい。
「ああ。」
敢えて視線をそらし、いつも通りの生返事。
その返事にリノアは少しだけつまらなそうに口を尖らせていたが、
すぐに友人を見つけたのだろうか、慌ててそちらの方に駆けていった。

その途端、リノアのカバンから一枚の写真が落ちた事にスコールは気づいた。
拾って声をかけようとした瞬間、既に彼女は廊下へと姿を消していた。


何気に拾った写真を見ると、そこにはスコール自身が写っていた。

体育祭での応援演技で旗手を務めたときのものだった。
規定の制服とは違う、濃紺色の学ランと脇にかけられた白たすき。
同じように白い鉢巻きが額の傷を隠すように巻かれ、白い手袋をはめて
身の丈以上の大きな白い旗を降り降ろしている姿がそこには収められている。
おそらく学校提携の写真屋が撮影したものだろうが、
アルバム写真に使われるものを選別しているときにこの写真はなかったはずだ。


(なぜ、これをリノアが――――?)


スコールはリノアに、その理由を聞き出せないまま年を越した。





―――今また、ポケットに入れた携帯電話が震えだし、意識が呼び戻される。
心なしか、いつもより取り出す動作が早く、はやる気持ちを抑えて受信画面を確認する。
やはり、メールの相手はリノアからだ。



吐いた息が、白く夜空に消えてゆく。
手元の光るディスプレイを眺めながら、スコールは少し微笑んだ。
気づけば卒業まで残り1ヶ月。残された時間は、少ない。





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