夏祭り (前編)




「今年は冷夏になるかもしれない。」って誰かが言ってたその言葉を、
半信半疑で聞きながらもまんざら嘘ではないかも、と思っていたんだけど。
やっぱりその言葉は嘘じゃないかといぶかしむようになってきた今日この頃。



図書室からの廊下を歩いていると、容赦なく外の熱気は私の体を包み込んでいく。
全く、ありがたくないよ!
せめて少しでも吹いてくれる風があるならまだしも、
今日に限ってそよぐことすらしない。



高く昇った灼熱の太陽光線は、ここバラムガーデンにも例外なく降り注いでいた。



昼食を食べ終えてから、少し涼みに行こうと図書室に向かったものの、
この期間中は夏休みを利用しての改装作業が行われているのをすっかり忘れていて。
せっかく来たのに、また引き返すのかぁ…としょげながら元来た道を戻ることに。
この退屈な時間をどうやって過ごそうかと考えをめぐらせてみたものの、
うだるような暑さは思考能力をいともたやすく奪い去っていってしまう。



…そう、今は夏休み。
普通の学校とは違って兵士養成の学校であるため通常の夏休みよりはかなり期間は短いが、
それでも候補生の数少ない楽しみの一つではある。
この休みを利用してバカンスに出かけるもの、実家に帰る者、寮に残り勉学に勤しむ者…。
そんな中、私はこのバラムガーデンで初めての夏を過ごしていた。



”あの戦い”からまだ幾月かしか経っていないというのに、とても昔の事のように感じられる。
まるで以前から何事もなかったかのように、平静を保ちながら
ガーデンは運営を続けているし、そこに携わる人々も顔色一つ変えず生活を営んでいる。
…変わらないように見えるのは表向きだけで、実はかなり慌しくはなっている。



魔女となってしまった私をシド学園長はじめ、たくさんの仲間が暖かくこのガーデンに迎え入れてくれた。
勿論、今はSeeD総指揮官となりシドさんの片腕として仕事をこなすスコールの力添えがあってこそ…なんだけど。
そんな彼も考えたらSeeDになってまだ1年程で、しかもガーデン在籍中であることには変わらない。
普通に学生生活を送っていてもおかしくない年頃なのに、スコールは一気に責任を負う身になってしまった。
いくら有能で人望が厚くなったからといっても、彼一人でこなせる仕事の量は限られている。



実際、私がここで過ごさせてもらうようになってから
スコールが休めた日など一日たりともなかったような気が…する。
仕方ないよね、舞い込んで来る仕事の大半が私の処遇に関することだもの。
私の存在がみんなに迷惑かけてるの、すごくわかってる。
でも、それでも私、ここに…スコールの傍にいたかったんだ。
”俺の傍から離れるな”って、ずっとずっとその言葉を信じていたかったから。



…考えたら、戦いが終わった後のパーティでキスを交わしてから、一度も一緒に過ごせていない。



そう考えないように、思い出さないようにしていても寂しさは募るばかり。
私…別に恋人同士としてデートしたいとか、一緒に遊びに行きたいとか
そういうことはこれっぽっちも考えていなくて。
ただ、今はスコールとゆっくりお話がしたい。
一緒にパーティを組んで、置いてけぼりにならないように、スコールのように強くなりたいと
がむしゃらに突き進んでいた時のように他愛もない会話をしたいだけ。
みんな無事で生きてこの世界に帰ってこれただけでも凄いことなのに、人間ってこんなにも貪欲になれるんだ。
ーダメダメ!私一人のワガママで、スコールの仕事邪魔できるわけない。



「はぁ…。」
ため息が一つもれる。
スコールって、私のこと好きなのかな?
あの時だって、その前だってお互いそんな言葉口に出したことないし、確かめ合ったわけではない。
周りからはしっかりちゃっかり公認カップル扱いされてるし、別に私は全然構わないんだけど。
スコール、迷惑に思ってるかな。魔女の騎士っていう肩書きだけでも重いはずなのに。
もしかして、それだけのために私の傍にいてくれてたとしたら本当に…悲しい。
今更ながらに考え出すと、そのマイナス思考はどんどん深みにはまっていって。



気づけばいつものようにスコールの部屋の前まで来ていた。
部屋の主は、ここ数週間は確かティアーズポイント付近の調査とそれに伴い…何とかで
長期滞在するって言っていたような気がするので今日も不在。



日々のちょっとした連絡とかはメールや電話ですることはあっても、
限られた時間の中でのやりとりのため、ほとんど業務連絡に近いものがある。
中には極秘任務で外部との連絡が取れないこともままあり、そういう時は帰還の日時さえも知らされることはない。
やっと帰ってきたと思えばすぐに報告書の作成・提出、そして
次の任務に関する打ち合わせと分刻みのスケジュールが待っている。
更に残された時間で食事、入浴、次の出立の準備をしなければならない彼にとって、
私とゆっくり過ごせる時間などあるわけがないというのに。
今回は特に連絡を絶つほどの任務ではなかったため、必要最低限のやりとりはしていたけど、
まだ帰還日程は未定という事しか聞かされてはいなかった。



…一体、いつになったらお休み取れるんだろう、体壊さないといいんだけどな。
そう思いながらふと、男子寮のしかも総指揮官の部屋の前でこうやって女一人たたずんでいる光景は
あまりにも不謹慎極まりないだろうと我に返った。
いくら受け入れてもらっていても、中には魔女の存在を快く思わない人だっているはずだ。
こんなに堂々と、物思いに耽っていていい場所ではない。



慌てて踵を返そうと思った途端、目の前の扉がシュッと開き
これから勢い良く部屋を出ようとしていたスコールと目が合って私はその場で固まってしまう。
それはスコールも同じだったようで。
「…リノ「スコールっ!?」」お互い同時に叫んでしまった。


SeeD服に身を包んではいたものの、その襟のボタンは一番上は開きっ放しになっており
額からこめかみにかけては後から後から汗が流れ落ちている。
いつも涼しげな印象しか与えない彼からしたら、少し上気した今の顔は珍しい。
それよりもなによりも、帰ってきてたのならちょっとでもいいから連絡欲しかったな…。


そう言おうと思って
「スコール、どうして…」と言葉にしたら、
「悪い、先にどうしても報告だけ火急に済まさないといけないんだ。
すぐに戻ってくるから部屋に入って待っててくれないか?」と遮られた。
目を丸くしながら頷くしかなかった私に向かって、スコールは少し目を細めて僅かに微笑みながら
足早に学園長室へと続くエレベーターに向かっていった。
あんな笑顔、久しぶりに見たかも。


言われた通り、私は開いた扉から部屋に入り、物珍しげに見回した。
…まだここには数回しか入れてもらった事がないけれど、相変わらず整理整頓はきちんとなされており、
いかにも無駄なものは置かない主義ということが部屋の隅々から見て取れる。
男の一人暮らしにも関わらず、ベッドメイキングは完璧だし、机の上には仕事に関する書類などは何一つ見当たらない。
あるのはSeeD部屋に配置されている個人のノートパソコンと辞書、携帯電話のスタンド型充電器だけ。
壁には一応カレンダーはかかってはいるものの、そこに見える月は3ヶ月も前のもの。
スケジュール管理は手持ちの手帳に全て書き写しているらしいから、必要ないといえばそうかもしれないけど…。
几帳面に見えるスコールにしては、こういう所ちょっとズボラなんだね、と可笑しくなってくる。
まぁ、それだけ任務が入り続けているからゆっくりとめくっている暇もないんだろう。


さっきは一瞬、帰ってきたことに対する連絡がないことに腹を立てたりもしたけれど
空調の強さと、部屋の中にまだ微かに残る熱気の感覚からすると、今しがた帰ってきたばかりなのかもしれない。
彼にしては珍しくアタッシュケースをベッドの上に開きっぱなしにしてあったから。
それにさっきの汗。こんな炎天下の中の帰還ですぐシャワーを浴びる暇も無く、
暑いSeeD服を脱ぐことも許されずの報告じゃいくらスコールでも可哀相だよ…。
私はくすくすと笑いながら、スコールが帰ってくるまでどれくらい待てばいいのかな、
その間に私で出来ることがあればやっててあげたいんだけどな…と辺りを見回す。
でも、まだそこまで親しい間柄でもないし…とこんな所で妙に遠慮してしまう今日の私は何だか変だ。


久々に見ることが出来たスコールの姿。
それだけでこんなにも心臓が締め付けられるかのように痛い。
本当に、あんな人の傍にいてもいいんだろうか?
いくら無愛想で人付き合いが良くなくたって、あれだけのルックスと優等生振りじゃあ
想いを寄せていそうな女の子、いっぱいいてもおかしくないのに。
あぁ、またさっきと同じ様に考えすぎちゃう。よそう、今はスコールを信じるしかないんだ。



そうこうしている内に、報告を終えたスコールが戻ってきた。
心なしか、息が上がっているようにも見えたのは私の自惚れだと思ってもいいの…かな?
部屋に入るなり上着を脱ぎながら、申し訳なさそうに私に向かって誤るスコール。
「悪い…遅くなって…。」
「ううん、大丈夫だよ。それよりも暑かったでしょ?シャワー先に浴びてきたら?」
あまりにもすんなりとその台詞が出てしまったことに、私自身気づいたのはほんの0.5秒後。
スコールも、今なんて言った?と言わんばかりの顔をして私を見つめている。
「…!!ちっ、ちがうの!別にそんな意味で言ったわけじゃ…、って!そんな意味も無いんだけど!
ほらっ、汗かいてベタベタで気持ち悪いからきっと早くすっきりさっぱりしたいんだろうな〜、と思って!」
もう顔が真っ赤になってるのがわかるほど恥ずかしい、穴があったら入りたい。
慌てふためきながら両手をブンブン振り回して、何に対して否定してるんだかわからない私。
これじゃあまるで、新婚さんが交わす会話みたいじゃない…。
私、まだスコールとはキスだけなのに!それ以上はまだなのに!って何勝手に先走ってるの!
…完全に頭の中がパニックになっている私を前に、我に返ったスコールが一言。



「俺はそれでいいけど…リノア、着替えあるのか?」



あまりに予想外の答えで、今度は私の方が固まってしまったのは言うまでもない。





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