夏祭り (後編)




直射日光を遮るブラインドを軽く押さえながら、
必死に笑いをこらえている目の前の人。
紛れもなく会いたくて会いたくてたまらなかったスコールその人であるにも拘らず、
私は何だか悔しいやら恥ずかしいやら、色んな感情を露にするしか術がなかった。



「―――――もう!そんなに笑わなくたっていいじゃない〜〜!!」
「や、その…あんたが勝手に勘違いしたんじゃないか…。」
「…肩震わせながら言う台詞?」
「悪かったよ…。でも”先に”なんて言われたらリノアも浴びるみたいに聞こえるだろ?」
くつくつと喉で笑い、目に涙を浮かべそうな勢いでこっちを見つめているスコール。



…私としては、予期せぬ展開でこのまま進んじゃったらどうしよう、なんて
一人で勝手に早合点してしまってた気はする。
あの台詞だけでそこまで考えが及ぶなんて、期待しすぎてるのは私ばっかりなんじゃないの?って
思ったら一気に恥ずかしくなってきて…。
そこにあんな事言われてしまったらどうしろって言うのよ!



スコールは、途中までは私の言ってること、自分の言った台詞が
なぜ私を固まらせることになったのか最初はわからなかったみたいだけれど、
頭の回転の速い彼のこと。ほんの僅かの間に”ああ”と言った感じで。
気づいた瞬間、こみあげる笑いを隠しきれなくなっていたらしい。



スコールはむぅ…とふくれっ面をしていた私の頭をぽんぽんと叩くと
「わかったわかった、さっとシャワー浴びてくるからそこら辺に座って待っててくれないか。」
と着替えを取り出しシャワールームへと向かう。
私の顔は相変わらず赤く火照ったまま。ずるいなぁ、やっぱり彼はいつでも私の一歩先を行く。
追いついたと思っても、いともたやすく離されていってしまう。
久しぶりに会って、声を聞いて、私はこんなにもドキドキふわふわしているのに、
出会った頃と変わらない冷静沈着振りで。
でも、さっきみたいに笑顔が出るようになってきた所は、以前とは明らかに違ってきている。



―――あの笑顔は、私だけのものであって欲しい、と願うのは我儘だろうか?



数分後、スポーツタオルを首からかけた上半身裸のスコールが出てきた。
洗いざらしの髪の毛を無造作に拭き取る仕草は少年のあどけなさも残すが、
初めて見る、鍛え上げられた体に私は思わずドキッとしてしまう。
スコールの一つ一つの動作は、今まで見慣れてきたものとは違う、
まさに親密な関係になったものだけに見ることを許される
一種の儀式のようなものにすら思えてくるほど見とれてしまうものだった。



時間にしたらほんの数十秒だったかもしれない。
でも、いつまでもこんなに無言だとさすがに怪しまれる。
何か話題を作らなきゃ、話題、話題…そうだ!



「そういえば、スコールいつ戻ってきてたの?今回はまだまだ帰るの先だと思ってたけど。」
「ああ、連絡できずにすまなかった。実は急に別の依頼が舞い込んで来たと同時に、
今回の件は他のサポートチームが代わりに引き継いでくれることになったんだ。
俺でなくとも出来る範囲で仕事は終わらせてきたしな。」
「そうなの?でも…別の依頼ってことは、また出かけちゃうんだよね?」
会えた喜びも束の間、仕事がらみでまたゆっくり出来ないんだと私が思わず表情に出してしまっていたのか、
それに気づいたスコールはふっと笑みを浮かべ私にこう告げた。
「いや、次の任務に就くのは3日後だ。」
「えっ?ってことはつまり…。」
みるみるうちに私の期待度は高まっていく。
「今日これからと、後2日間休みになった。やっとゆっくり出来るな。」
「ホント!?久々のお休みなんだね!どこか行く?…あ、って言っても全然休めてなかったんだよね…ごめんね。」



休みが出来たことで一緒に過ごせるかもしれないという嬉しさと、
せっかく久しぶりにもらえた休暇でゆっくり休んで欲しいという気持ちとの板ばさみ。
私ってば、本当に我儘だ。こんな時でもやっぱり一緒にいて欲しいと思ってしまう。
ちゃんと休んで欲しいのに。
それと同じくらい、私の寂しかった想いを、時間を埋めて欲しいとさえ思ってしまう。



「リノア。今夜バラムで夏祭りやるの、知ってるか?」
「…夏祭り?」
突然私の思考を割って入った言葉の意味がわからず、思わず聞き返してしまう。
「もし、良かったら…その…行くか?」
「えっ?いいの?」
「ああ、リノアもずっとガーデンから出れずに退屈してただろ?学園長から許可も取ってある。」



確かに魔女である私はガーデンの許可なしでは自由に外界に出ることが出来なくなってしまった。
世界の混乱、偏見は未だ収まることもなく、周りから見れば
私のガーデン在籍への認識は表向きは”庇護”、実質は”監視”に近いものなのだ。
思い出すと少し胸が痛むけれど仕方ない。スコールが頑張ってくれているんだから。



「でも、スコール全然休んでないし…そんな、悪いよ。」
「俺の事は気にするな、どうせ明日も明後日も休みなんだし。」
「じゃあ、お言葉に甘えて!」
これって、デート…だよね?突然のお誘いにどうしても顔が綻びてしまう。
そんなこんなで、夕方からガーデンを出発してバラムに向かうことになり私は部屋に戻って意気揚々と準備を始めた。
とは言っても、人ごみの中を歩くそうなので少しでも動きやすい服装で来い、というスコールの命令により
身軽な服に着替えるだけのことしか出来なかったんだけど。



陽が西に傾き影が少し長くなり始めた頃、私たちは案内板前で待ち合わせをした。
スコールは、ダークグレーのVネックTシャツにブラックジーンズ、
そしていつものグリーヴァのネックレス、というごくごくシンプルないでたち。
一方の私は、ブルーのストライプが入った膝丈のコットンワンピ、素足にローヒールのサンダル。
そして、まだまだ熱帯夜が続くことを見越して髪をアップにまとめてみた。
勿論、胸元には母の形見のネックレス。
「お待たせ、行こうか!」
「ちゃんとついて来ないと、はぐれるから注意しろよ?」
「はぁーい!」
そんな会話だけですごく嬉しくなってくる。私、今とっても幸せかも!



目的地に着くまでに、私たちは色んな他愛もない話をたくさんした。
今までの任務中のこと、お互いがいない時の同僚たちのこと、ガルバディアにはなかった”夏祭り”のこと…。
スコールがこんなに話をしてくれたことも驚きだった。
私たち、これからもっともっと色んなこといっぱい知っていくのかな、
知ることが出来るのかな?たくさん教えて欲しいよ、スコール…。
そして、私のことももっとたくさん知って欲しいな。



バラムに着く頃にはすっかり陽も暮れ落ち、煌々と屋台の灯りが辺りを照らしていた。
何もかも初めての光景に思わずはしゃいでしまう。
「わぁ、スコール!あれ何?」
「すごいすごい、いっぱい顔があるよ、どうするの?これ!」
「このりんご美味しそう〜。きらきら光ってるのは砂糖かな?」
「金魚すくってる!私もやりたーい!」
「あっ、あれ打ち落としたらもらえるの?私結構腕に自信あるんだよ。」
多分、私のはしゃぎっぷりはスコールの想像を軽く超えていたんじゃないだろうかというくらい、
我を忘れてスコールの手をとり連れ回していたと思う…。



「リノア、あんた本当に食い物ばっかりだな…。」
「う…。そう言われると否定できないけど…。だって全部美味しそうなんだもん!」
「全部は無理だぞ、俺もそんなには食えない。」
「じゃあ、また今度連れてきてね?」
そう言ってしまった後に、ちょっと自己嫌悪に陥る。
そんな時間どこにもないぞ、って言われたらどうしよう。ただでさえ忙しいのに…。
ちょっと考えてからスコールは一言。
「そうだな…また、行こう。」



その瞬間、頭上に大きな花火が上がる。
周りはざわめき、時が一瞬止まったかのよう。
この感じ、どこかで…。



――――そうだ。スコールと初めて会った晩、SeeDの就任パーティのとき。
私が無理やりスコールを引っ張って一緒にワルツを踊ったんだっけ。
あの時はただ単にあの中で一番カッコいい人って思って、私は誘いに出た。
それからあんな運命に巻き込まれるとはお互い夢にも思わず…。
あのダンスのラストにも、頭上にこんな大きな花火が上がった。
今ふとスコールを見上げると、ふいに目が合う。
「…あの時と逆だな。」
「え?」
「ダンスパーティの時。花火が上がった後、リノアの方が先に俺の事見てただろ?」
「えっ?うそ、気づいてたの!?」
「多分。でも今思い出した、俺こんな風に花火を見上げてたな、って。」
「…覚えてないと思ってたよ。」



ほんの些細なこと。でもこうして二人の思い出が重なることが嬉しい。
一つ一つ、二人で思い出を作っていきたい。
これから二人で手を取り合って歩んでいけることが許されるのならば、
彼からの確かな想いが…言葉が欲しい。



「スコール、あのね…。」
「リノア。」
ちゃんと伝えたい。その”言葉”を。
あの戦いが終わってから一度も伝えることが出来なかった確かな想いを、形にしたい。
そう思ったらいてもたってもいられなくなって、
伏目がちに話そうとする私を遮るかのように名前を呼ばれた。
見上げると、そこには吸い込まれそうな蒼の瞳。



「俺はすごく…言葉にするのが苦手で、ずっと何て言っていいかわからなかった。
でも、リノアはあの”約束の場所”で俺を待っていてくれた、助けてくれた。
今も…とても感謝しているんだ。」
スコールがとても緊張しているのが、こちらにも痛いほど伝わってくる。
「あの戦いの後…どさくさに紛れて何となく一緒にいる”魔女の騎士”…、
そんなポジションでは何か収まりきれない、煮え切らない想いがずっと俺の中にあった。」
「スコール…。」
「ちゃんと言わなきゃ、伝わらないよな…。」



心臓がこれでもかというくらい、早く強く鳴り響く。
この鼓動が今にも周りに聞かれてしまうんじゃないかというくらいに。
まってまって。それは私が伝えたいの。私もきっと同じ想いなの。でも、やっぱり…。



人々が花火に酔いしれている中、スコールは片手で私の腰を引き寄せる。
今にも瞳から零れ落ちそうな涙を必死にこらえながらの私の耳元で、
震えるような低い声でスコールは囁いてくれた。
「好きだ。これからもずっと傍に…いて欲しい。」



…ほんと、ずるい。カッコいいんだから。
堪えていた涙が一滴、頬を伝うのがわかる。
「私も…スコールのこと、好きだよ。」
”好き”だなんて陳腐な言葉で伝えられるほど簡単な想いじゃないのはわかっているけれど。
今はこの言葉に代わるものなんてすぐに見つけられはしない。
この涙は、私の想いが伝えられた嬉しさ。
そして、スコールの私への気持ちを初めて確信できた喜び。
何となく気づいていたけれど、確固たる言葉が欲しかったんだ、私は。
気づけばスコールは私に優しく口付けを落としてくれた。




こんな私でごめんね。でも今はこの喜びに浸らせて……。







fin




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