俺の優先順位が低すぎないか





お昼時も過ぎた、SeeD男子寮の一室でのこと―――。

いつもながらに殺風景な部屋の主は、自室の、さほど広くはないクローゼットの中身と格闘している一人の少女の動きを何とはなしに眺めていた。
ベッドの上で腕を組みながら座る姿勢のまま、もうかれこれ30分は経過しようとしている。


青いロングカーディガンの上からでもわかる、丸みを帯びて可愛らしい、それでいて時に酷く妖艶に見えるヒップラインをこちらに見せつつ、
ただひたすらクローゼットに向かって何かを探し続けているリノア。眺め続けているのをばれていやしないだろうか・・・と内心冷や冷やしながら、
目のやり場に困るスコールは小さくため息をついた。


(・・・・・・一体、何なんだ?襲ってくれとでも言っているのか?)


リノアの体勢を見て、スコールの頭の中では理性と衝動が激しい攻防を繰り広げていた。かろうじて理性が勝ってはいるがそれも時間の問題だ。


大体なんだ、ここは俺の部屋だぞ。リノアのものが日に日に増えているのはわかっているが、何でここであんたがこんな事をしているのかが一向にわからない。
というか、あいつだって一応整理しているものを・・・ちゃんと元の場所に仕舞えるのか?


声にならない声をあげつつ、他の事に集中できない自分に気付く。何かを探しているなら一緒に探そうかと、そう言えばいいのに。
ただ、彼女は突然部屋にやってくるなり一言「ちょっと探し物したいんだけど、いい?」と言うと、早々にクローゼットを開けて探し始めたので、
それはすぐ終わることだとスコールは思っていた。それさえ終われば、久々のオフで二人きりの空間、二人きりの時間。あれこれと欲が出てくる。

それなのに、リノアはスコールの気持ちなどお構いなしに、あっちこっちとひっくり返してはまた元の場所に収める。一息ついて、呟いた。

「おっかしいなあ〜?確かこっちに持ってきてたと思ったのになあ・・・。」

ああ、まだしばらくこの光景は続きそうか。スコールはそう感じると、おもむろにベッドへ身を放り投げた。
見えるから気になるんだ。天井でも眺めていれば、気が紛れるさ。

しかし、隣でごそごそと物を漁る気配だけはどうにも気になって、意識はそちらへと向いてしまう。



スコールの私物は常に整理整頓されていて、どこに何が仕舞ってあるかは一目瞭然。生来物を持たない主義ゆえに、仕舞われる物も自然と少なくなる。
だからこそ、彼女が探しているのは彼女自身のものなのだ。人の寝床に、いつの間にそんなにあふれ返るくらい物を持ち込んでいたんだ・・・。

スコールのものと混同しないよう、クローゼットの中にはリノア専用にと、そんなに小さくはない三段ボックスケースを与えていた。
それはガーデンから支給されたものではなく、リノアが自分でカタログを見てオンラインショッピングで頼んだものだった。
その中に、この部屋に来たときの寝泊り用の寝間着や私服、下着やアクセなどの小物等、それはもう、押し込むように詰め込まれている。
恐らく、彼女に割り当てられた部屋の中は更にヒドイ状態になっているのは想像がつく。こんなわずかなエリアでさえ上手に整頓がなされていないのであれば尚更。

元々器用ではないんだ、片付けという概念もきっと、スコールとは違った脳の構造から出来ているんだろう。そう思っている隙に、


「・・・・・・あった!」


突然、リノアが声を上げた。


視線はそのままに、スコールの意識がリノアへと移ったその時、リノアはとても嬉しそうにこちらを振り返っていた。
頬を少し赤らめて、嬉しそうににかっと笑うその顔に、スコールはゆっくりと身体を起こし見つめ返す。先ほどまで募っていた小さな不満を心の奥底へ押し込めた。
小さな幸せさえ、めいっぱい表現してくれる彼女の存在がとても眩しくて、思わず同じように嬉しくなって微笑む。

「何を探していたんだ?」
「これ、これなの!」

リノアは、問いかけるスコールに寄り添うようにベッドに腰掛けると、手に持っている小さな、それでいて上品な装飾を施した箱を差し出した。
蓋を開けると、貴婦人の横顔が丁寧に浮き彫りにされたレトロなブローチが、凛とした存在感を放っていた。

「カメオ?」
「そう。やっぱりこっちに仕舞ってたんだ。あってよかった。」
「こんなもの、持ってたか?」
「うん。実際身につけてたのをスコールは見たことがないかもね。これ、お母さんが大事にしていたものなの。」

リノアはそう言うとかちりと蓋を閉め、箱をベッドのサイドテーブルに置くと、クローゼット内のの散らかったものをそそくさと整理し始める。
そこそこに片付けた後、立ち上って膝頭についた埃を両手で軽く払い落とした。そして振り返り、にっこりと笑う。

「ちょっとゼルのところに行ってくるね!」
「あ!?」

ゼル・・・?あいつに何の用なんだ?

スコールが呆気にとられると同時に、リノアは小箱を抱えて慌しく部屋を出て行ってしまった。
部屋の中に微かな空気の流れが起こる。愛しい彼女の甘い残り香は、探し物さえ終わればきっと
自分の方に向いてくれるだろうという淡い期待と共に、あっという間に霧散した。


何だ、なんだ。ナンなんだ―――?







一時間後、リノアがスコールの部屋に戻ってきた。軽く息が弾んでいる、きっと小走りで戻ってきたのだろう。手元には先ほど持っていった小箱はない。
でもその表情は、目的をやり切った感が漂い清清しかった。反面、スコールは不満が募った仏頂面でリノアの顔を見上げる。

「お待たせ〜!」
「・・・遅かったな。」
「ちょっとね、エルオーネさんに電話してたんだ。」
「エルに?」

ゼルの次はおねえちゃんか。一体何やってるんだ。

「そうなの。実はね・・・。」

そう言って事の顛末を話し始める。



先日エルオーネが所用でバラムガーデンに来た際リノアと会ったのだが、その日はちょうどスコールが任務で不在の時だった。
話の弾みで、リノアが持ってきた母親形見のカメオブローチを見たエルオーネが、それをいたく気に入ったらしい。

エルオーネは、ちょうどエスタでお世話になっている研究員の誕生日プレゼントを何にするかで悩んでいた。
「このブローチは、どこで買ったものなの?」とリノアにたずねたのだが、あいにく自分で買ったものではないため彼女にはわからない。

同じものはないにせよ、似たようなものが売っていればそれで良かったそうなのだが、どうしてもエルオーネの役に立ちたいと考えた彼女は
エルオーネが帰った後、器用なゼルに頼んでレプリカを作ってもらうよう頼んだらしい。


しかし、ゼルも今や優秀なバラムガーデンSeeDの一員として任務で世界中を飛び回っていた。
大切な友人の頼みを請け負ったはいいが、中々休みが取れなかったのだ。
彼は大事なものを預かって任務に出かけるのも気が引けたらしく、ガーデン帰還後、作成に取り掛かるという約束をした。

そんな彼が今日ようやく久しぶりのオフがとれたので手渡そうと思っていたのだが、リノアはカメオを仕舞いこんだ場所をすっかり失念していて、
探し回っていたのが先ほどの場面だったということだ。


今は無事にブローチをゼルへ委託でき、もう少しすれば完成品を送ることができるだろう、という連絡をエルオーネに入れてから
急いでスコールの部屋に戻ってきた―――と。そう彼女は説明を終えると、再び微笑む。





その話を聞いたスコールが右手を額に当ててうつむき首を振る。そんな理由で、あんたは俺を二の次にしたのか―――?
せっかくのオフなんだぞ。探しものなら自分が居ない時でも出来たじゃないか。そういう言葉をグッと飲み込む。
それを言ってしまうと、たちまち彼女の機嫌を損ねてしまうのは目に見えているから。


冷静に、冷静になれ。そう思って大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。心を落ち着かせて、ほんの少しの弱音ともとれる本音を吐いた。


「・・・・・・リノア。」
「なあに?」
「リノアの中の俺の優先順位、そんなに低いか・・・・・・?」

リノアは少し目を丸くして驚いたように見えたが、ああ、と納得したように首を振る。

「・・・わたしね、だーいすきな物はいっちばん最後に取っておく主義なんだ。デザートだって最初には食べないよ?
 だ・か・ら、スコールにハグハグするのは一番最後なの。お楽しみは取っておきたかったんだ。わたしだって、スコールとくっつきたいのすごく我慢してたよ?」

悪気はないのだろう。屈託のない笑みを浮かべてそう言ったリノアに、スコールはがっくりとうなだれた。
何だよそれ・・・そんな理由で振り回されてた俺って、一体・・・・・・。


子犬のようにしょぼくれて、思い悩むスコールの心境など知る由もなく、リノアはぐっと両手を広げて、スコールにおねだりする素振りを見せた。

「ハグハグ、しよ?」
「・・・。」
「ん〜、ずっとスコールほったらかしだったから・・・もしかして、怒ってる?」
「・・・・・・怒っては、ない。」
「じゃあ、ハグハグ、できるよね?」


そう言って、いつも通り更に両手を伸ばして踵を数回浮き立たせる。



・・・少しくらいオアズケされた仕返ししてもバチはあたらないだろう。そう思うと先ほどまで抑えていた理性はなりを潜め、悪戯心が顔を覗かせる。

リノアの身体を優しく抱き寄せると、その柔らかさを噛み締めるようにわずかに力をこめた。そのまま髪に顔を埋めるようにしながらゆっくりと耳元で囁く。

「じゃあ、これからは俺もお楽しみは最後に取っておく事にする。」
「え・・・?あっ、あの・・・。スコール・・・くん?」
「時間はたっぷりあるんだ。最後まで楽しみに、覚悟しておけよ?」
「ええええ!?」

驚くリノアの隙を突いて、スコールは白く透き通るような首筋に口付けを落とす。
その柔らかい感触に一瞬身体が揺り動かされ、リノアは思わずスコールのシャツを掴んだ。

「あ・・・、や・・・っ。」

ついばむほどの軽いキス。それはやがて熱を帯び、舌を這わせ、吸い付き、激しさを増していく。
抵抗する気がないのか、出来ないのか。どちらにしても手中に堕ちそうな愛しい彼女を、めいっぱい味わいつくそうという悪戯な思惑により
スコールの行為はだんだんエスカレートしていく。どれだけ愛しても、愛し足りない。どうすればこの気持ちをわかってもらえるのだろう。



俺にとっては、リノアはいつだって一番大切な存在なんだ。何においても優先できるものはない。
だから、リノアにとっても、俺が一番であって欲しいんだ―――例えそれが俺の想いより少ないものだとしても。俺はリノアの一番でありたい。

だから―――。


スコールは再びリノアを胸の中に抱きしめる。簡単に逃げることが出来ないように。それはあふれ出る自分の気持ちも共に押し込めるかのごとく。


「・・・俺だって、寂しかったんだぞ。」
「スコール・・・・・・。」
「だから、いつも俺が一番だと思わせてくれ。我が侭だと思うかもしれないが・・・。」
「そんなこと・・・ないよ・・・。」

そう言いながら、背中に回された手できゅっと服を握り締める感覚。

普段言葉に出さない分恥ずかしさが勝ったが、言わなきゃ伝わらないんだ。リノアがいつも自分に言い聞かせていること。
言われ慣れない言葉を聞いたせいか、耳まで真っ赤になっているリノアは本当に可愛いと思う。ああ、やっぱり愛おしい。
ハグハグだけじゃすまないこと、二人ともわかっているから。もっともっと、相手に溺れたいから。




いつだって、彼女の一番の幸せが俺であるように、俺の一番の幸せは彼女でありたいと、こいねがう。








Fin

(2012.11.15)




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