Anytime smokin' cigarette



―――デリングシティ内、ガルバディアホテルにて。

忙しい合間を縫って自分の居場所につけたのが午後の4時。
デスクチェアに深く腰掛けて、胸元からシガレットケースを取り出す。
中から一本取り出し口に咥えると、デスクの上にあったシルバーのジッポを手に取る。
小さな四角い、掌に納まるそれの表面にはネックレスと同じ、グリーヴァのモチーフが彫られていた。
半年ほど前にリノアがプレゼントしてくれたものだった。

あれだけ「煙草は身体に毒だ」と言う割に、どうして喫煙を促すようなアイテムを贈るのか。
それでもさほど疑問には思わなかった。あれこれと考えた末での贈り物だったのだから。
これを大事に使わせてもらうことが、今の自分の”任務”だと思っている。

柔らかな彼女の笑顔を思い浮かべながら、左手で包み込むように咥えた物の先端へと揺らめく炎を近づけた。

深く息を吸い込む。燃えた先が吸い込まれた空気と反応し、一気に赤朱の色を放つ。
口を離すと同時に、先ほどまでの色鮮やかな箇所は一瞬にして灰の塊と変化した。
身体の芯まで満たされた煙を、今度は同じ口元から吐き出す。一服の始めは、いつだって性急だ。
まるでリノアを欲している時と似ているな・・・と我ながら苦笑しているとデスクに備え付けの電話が鳴った。
いいタイミングだ。空いた左手で受話器を取る。

「・・・はい。」
『スコール?』
「ああ、そうだ。」

電話の向こうにいるのは、予想通りリノアだった。

『今、お話しても大丈夫なの?』
「ああ、問題ない。ちょうど仕事も一区切りついて、今さっき部屋に帰ってきたところだ。」

そう言いながら、再び煙草を口に咥えて煙を吸い込んだ。
全身の血管が徐々に収縮してきたのだろう、程よい思考の鈍さが様々な緊張までも解きほぐしていくのがわかる。
一つ呼吸をためると、また勢いよく吐き出した。

『・・・あ。またスコール煙草吸ってる〜。』

息遣いが受話器を通して伝わったのだろう。リノアは少し拗ねたような声色でスコールの行為を咎めた。

「わかるか?」
『わかるよ〜。こっちまで匂ってきたもん。』
「ウソつけ。匂うわけないだろ。」
『あ?バレた?』

エヘヘ、と照れ笑いをする様子が、手に取るように思い浮かぶ。
どうして今、この隣に居ないのだろう。仕事とはいえ、近いようで遠い距離感を恨むほかなかった。
リノアは気にせず会話を続ける。

『お父さん、元気そうだった?』
「ああ、相変わらず俺に対する態度は冷淡だったがな。」
『スコールに言われたくないんじゃない?』
「・・・悪かったな。」
『しばらく帰ってないからね〜。よろしく言っておいて!』
「何で俺が・・・。リノアが自分で言えばいいだろ。」
『だって。わたし魔女だよ?ガーデンから出られないの、スコールが一番よくわかってるじゃない。』
「・・・だからだ。今度俺が一緒について行ってやる。」

ガラス細工の灰皿を引き寄せると、右手の人差し指でとんとんと煙草を叩いて灰を落とす。
スコールはもう一服すると、乾いた喉を少しでも潤そうと唾を飲み込んだ。

「俺だって、あんたの親父さんと話したいことが山ほどあるんだ。俺一人で済ませられる事じゃない。」
『え・・・?』
「”俺が一番わかってる”んだろ?」
『スコール・・・。』
「一緒について行くのは簡単なことだ。手続き上いくらでも、何とでもなる。」
『・・・・・・。』
「こんな俺だってもう20歳も過ぎた。いつまでもガキ扱いはされたくない。」

面と向かっていないだけで饒舌になる今の自分はどうかしてると思いつつも、いつかは伝えないといけないことだと言い聞かせて。

「リノア。」
『わたしがね、前にも言ったと思うけど。スコールの煙草を絶対に止められない理由はね・・・。』



―――いつか聞いたことがあった。どうして「身体に悪い」という割に意地でも止めないのかと。
リノアは少し懐かしむようにこう言ったのだ。


「お父さんの匂いがするんだ。昔の思い出の匂い。だから、スコールから煙草の匂いがしても、
 そんなに嫌じゃないのは、きっとあの頃のわたしを失くしたくないからなんだと思う。勿論、今のスコールも。」




思考を分断するように、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「スコール・レオンハート殿。カーウェイ大佐がお呼びです。」

やれやれ、というようにスコールは灰皿に煙草を押し付け、火を消した。受話器の向こうの相手がくすりと笑う。

『あ、お呼び出しかかっちゃった?』
「らしい。行ってくる、もう切るぞ。」
『うん、お仕事頑張ってね〜!』
「ああ。リノアも待っておけよ?」
『・・・もう十分待ってますよーだ。』

憎まれ口を叩くリノア。こんな台詞を聞くのももう慣れた。いや、慣れるほど聞くことも問題なのかもしれない。

「今度、あんたと一緒にあんたの親父さんに会いに行くことを”待っておけ”って言ったんだからな?」
『あ・・・!』



先に電話を切られたのは、きっと彼女の恥じらいと与えられた驚きのせいだと信じたい。
言いたいことはわかっている、でも聞きたくない、理由なんてどうでもいい。
それはきっと、今お互いがわかっていればいいだけのこと。


部屋にくゆらせた煙を払い、スコールは再びこの部屋を出ていった。





Fin

(2012.09.20)



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