彼氏と彼女。S*R
(原画:いちご様 文:ちー)
――――午前六時。夢見心地の幸福感を打ち破るように、無機質なアラーム音が鳴り出した。
まだ眠りについていたい・・・悩ましげな疲労感がまだ残る心と身体を無視するかのように、その音は響き続ける。
スコールは左手を伸ばしてその音源を探り当て、アラームのスイッチを切ると、大儀そうに半身を起こした。
寝癖がついた頭をかきながら、片手に納まるほどの小さな黒いデジタル時計の表示を見やる。
(・・・六時・・・?セットした・・・、か・・・?)
覚醒しきらない意識の中、そういえば昨晩この機械をいじっている見慣れた背中を思い出した。リノアか・・・。
その張本人は、スコールの傍らでシーツに埋もれて丸まりながら熟睡している。先ほどのアラームの効果は一つもなかったらしい。
いつも朝に弱いリノアが、こんなにも早起きを希望するには訳があった。
ここはドールにあるホテルの一室。最近任務続きで多忙だったスコールは、珍しく数日間の連休を取得することが出来た。
リノアは前々から、スコールと一緒にこのホテルのモーニングを体験してみたいと事あるごとに話していたのを
スコールは覚えていたので、そのことを提案すると彼女は目を輝かせて喜んだ。
その直後から、リノアに入れ知恵をしていたセルフィはもちろん、キスティスやシュウ先輩まであれやこれやとアドバイスをしてくる。
おかげで、諸国の富豪たちにも人気があって中々予約が取り難いというお墨付きの、このホテルの部屋に難なく泊まれる事になった。
女性の情報網を甘く見てはいけない。が、その団結力は時に頼もしくてありがたい。
こうして愛しい彼女と共に、久々のゆっくりとした朝を迎えられる幸せは何物にも代え難かった。
それだからこそ、昨夜その若い興奮が抑えられなかったが故に、彼女が疲労困憊で深い眠りに就いているのはある意味自業自得とも言えよう―――。
スコールは、ふ、と小さく息を漏らす。隣で小さく寝息を立てている顔が愛らしい。
「まあ、いいか。リノア、起きろ。」
手の甲で白い柔らかな頬を軽く叩く。しかし、一向に目覚める気配はない。声を少し張り上げて名を呼ぶ。
「リノア!」
「・・・・・・。」
それでも返事がない。よほど疲れていたのだろう。仕方ない・・・先にシャワー浴びてくるか、と思い
スコールはベッドから降りる。大理石の床が素足には少し冷たく、気持ちが良かった。
バスルームに入り、磨きぬかれた銀色のシャワーコックをひねる。勢いよく流れ出る水の温度は程なくして熱を放つ。
少しずつ煙り立つ湯気を吸い込みながら肌を温めると、備え付けのシェービングクリームを顎につけ、T字カミソリで慎重に
上から下へと、なぞるように髭を剃る。毎日の習性はとても面倒で、これを身だしなみと呼ばなくても良いのなら
少しくらいの無精髭だろうが気にせず過ごしてもいいくらいだ、と常々思っていたスコールだ。
ただ、やはり彼女の意向もあるのだろう。キスをするとき、少しでも髭が伸びていると決まって困り笑いの顔で言うのだ。
”ちょっとチクチクして痛いね”と。これが自然だと思っていた自分には想像もつかない言葉だった。
例えそんな心配がなくとも、愛しい少女の柔肌を食む際に髭で傷を付けたくない。だからこうして毎朝髭を剃る。
面倒でも、何か一つのきっかけでこれだけも変われる自分が可笑しくもあった。
程なくして、水音の向こうからバスルームに駆け込んでくる軽やかな足音が聞こえる。ああ、ようやく起きたか・・・。
と、思うや否や、背後から予想もしなかった衝撃が襲ってきた。倒れないよう咄嗟に踏ん張りをつけるが
衝突の勢いで彼が握っていたカミソリの刃は、その端正な面に二つ目の傷を作ることとなる。一つ目は、言わずと知れた眉間の皺の上。
小さいながらもじわじわと襲ってくる鈍い痛みを手で押さえながら、備え付けのラックにカミソリを置くと
スコールはぶつかってきたリノアへゆっくりと向かい合った。
「いきなり入ってきてぶつかってくるな。少し顔を切ったぞ。」
子供か、と諌めるスコールに、泣きべそをかきながら抗議するリノア。
「だって!起きたらスコール、隣にいないんだもん〜っ。また任務に行っちゃったのかと・・・・・・。」
「普通シャワー音で分かるだろう?」
「だって・・・」
リノアは両手をスコールの両肩へとそっと伸ばした。その瞬間、スコールの視線は否応にも無防備に晒された
白陶器のような形の良い胸元へと引き寄せられる。今にも涙が零れ落ちそうなほどの潤んだ黒瞳で見つめられながら
「さみしかったんだもん」と一言言われたら。
昨夜の、いやそれよりもずっと前から、それこそ幾度となく感じてきた自身の疼きを抑える方が難しくて。
(・・・まずいな・・・朝から何を考えてるんだ、俺・・・)
ああ・・・でも。本能には逆らえないと観念し、スコールは眉間に皺を寄せながらも、リノアの肩を引き寄せ、背中に手を回す。
そのまま、顎を持ち上げると髄まで味わうかのように舌を絡ませリノアに溺れてゆく。
この可愛い魔女の誘惑には・・・・・・いつも負けてしまう。いつだって、わかっているのに。
獲物を捕らえた獅子に、すでに戸惑いの色はなく―――。
リノアは、ひとしきり弄ばれた身体の火照りを隠すようにバスタオルで身体を包みながら、
その原因となった張本人に上目遣いで抗議した。
「スコールのえっち。」
ぷう、と頬を膨らませて、怒っているように見せかけているが、それは単に自分の自由を束縛されたことに対する嫌味。
「・・・・・・・・・すまん。」
スコールはうなだれながらも素直に謝った。悪いのは確かに自分、それは紛れもない事実。
タオルバーに手をかけてはいるが、その掌には先ほど触れた柔肌の感触がまざまざと残っている。
どうしてこうなったのか。素直にリノアを抱きしめて安心させてやるだけで良かったのに。
抑えきれない箍(たが)がいつも彼女を目の前にするだけで簡単に外れてしまうのを、どうにかしたいと常々思っているのに。
頭の中で自己嫌悪に苛まれていると、リノアがスコールの頭を見て噴き出した。
「―――スコール、すごい頭〜!」
「リノアがやったんだろコレは。」
「ごめんなさい・・・」
タオルで乱暴に水気をふき取り語気を荒げると、途端にしょげるリノア。その様子を横目で見ながらスコールはくすりと笑った。
そして、いつも愛用しているワックスの蓋を開けながらため息をつき、
「セットするから平気だ。」と言うが、確かに四方八方に散らかった髪の毛は、いつもの寝癖よりはひどい有様で。
自分の髪型がこうなったのは、リノアだってまんざらではなかった証だ、
そう思うことで先ほどの罪悪感が帳消しになるかどうかは定かではないが。
「それより、リノアも早く準備しろ。モーニング行きたいんだろ?」
「あっ、そう!そうなの!」
言われて本来の目的を思い出したリノアは、慌ててドライヤーのスイッチをオンにして、自分の髪の毛を乾かす作業に入る。
その間にスコールは右手人差し指と中指で、ケースからワックスをすくいあげ、両手でなじませた後に髪にさっと揉み込んだ。
全体に撫で付けるように。その後軽く指先で前髪を調整し、鏡に向かって自身の視界を確かめる。
(・・・よし。視界良好。)
―――その間、約1分。スコール本人は気付いていないが、リノアはそんな後姿に見とれていた。
無造作に整えられたヘアスタイルは勿論、重い武器を軽々と扱うがっしりとした太い腕、頼りになる逞しくて広い背中・・・。
数え上げたらキリがないくらい、何もかも完璧に見えるその身体。いつもこの身体全てを使って自分はこの人に全力で
愛されているのだ、と思うとどうしようもなく愛しさが増してきて。思わず後ろから抱きついてしまった。
バスルームで抱きつかれた時と同じく、背後からの衝撃にスコールはまたしても驚いた。
抱きつかれたことよりも、つい先ほど諌めた時と全く進捗状況が変わっていないその姿に更に驚く。
「リノア、まだ服を着てなかったのか!?風邪引くぞ!」
「スコールが温めてくれるもーん!」
無邪気に擦り寄ってくるリノアをどうにか説得しないと、またズルズルと溺れていく・・・と恐れたスコールは
我を忘れる前におもむろに着替えを始めながらリノアを急かす。
「何をバカな事言ってるんだ。さっさと支度しろ。」
「はぁーい。」
「あと二十分で出るからな。」
「えっ!!まだドライヤー終わってないし、お化粧もしてないよー。」
「じゃあ俺がドライヤーかけてやるから、その間に化粧しろ。」
そう言ってスコールは無理矢理リノアを着替えさせて、ベッドとは真逆の壁際にあるドレッサーの前に連れて行く。
ドライヤーをドレッサー近くに挿し直し、まだ湿るリノアの髪の毛を後ろから乾かし始めた。
リノアはぶつぶつ言いながらポーチからメイク道具を取り出す。下地とファンデーションでささっと素地を作り、
艶やかなピンクのリップグロスを尖らせた唇に塗ると、瞬く間にその雰囲気は少女から大人の女性のそれへ、羽ばたこうとする。
「もうっ、スコールのせっかち。」
「七時半に出るって言ったの、リノアだろう?」
「お風呂の中で誰かさんがえっちい事20分もしてこなかったら間に合ってたもん!」
「・・・・・・すまない。」
「ふふ・・・でも・・・。」
「ん?」
メイクをする手を止めたリノア。前を向いたまま鏡に映ったその姿は、目を伏せつつも嬉しそうに微笑んでいた。
「こうやって、好きな人に・・・スコールに髪を触ってもらえるのって・・・すっごく嬉しいなあ。」
「・・・そうか。」
「うん。」
ほんのりと頬を染めてリノアはエヘヘと笑う。その僅かな動きにつられるように、真っ直ぐな黒髪は次々とサイドへ零れ落ちてゆく。
もう随分乾いてきたので、スコールはドライヤーからブラシに持ち替えた。
ホテルに備え付けではない、リノアが持参した愛用のヘアブラシだった。
大きすぎず、木の曲線が自然と手になじむ形で、いつもリノアの髪の艶を引き出している立役者だ。
そっと左手で一束すくい、右手に持ったブラシで丁寧に髪を梳かしていく。
黒のグローブからは直接の感触はわからない。それでも滑り落ちる柔らかさは、いつも触れているその髪そのものだと想像は付く。
髪を撫でていると、仄かに優しい香りが漂うことに気付く。シャンプーの香りでもない。紛れもないリノアの香り。
その源の虜となっていることは、とっくに気付いているはずなのに、スコールは何度でも新鮮に感じてしまう。
・・・・・・いい香りだな・・・・・・。
吸い寄せられるように、そっと頭に手を添えてその髪に口付けていた。
スコールの仕草に気付いたリノアは、また遅れては困る、と焦りの色を隠せない。
「あ・・・スコール、七時半だよ。」
もう準備できたよ!と言いたげだ。牽制しているはずが、ますます引き寄せていることを、無自覚な小悪魔は知る由もない。
もう少し、もう少しだけ、この大切な宝物に触れていたい。スコールは手首を返し、ちらりと腕時計を見やる。針は確かに七時半を指していた。
「・・・・・・三十五分に出るぞ。」
精一杯妥協したスコールに、仕方がないなあという感じでクスクス笑いながら「うん」とリノアは返事をした。
―――ほんの僅かな一時でも、離れ難いと思うことは二人にとってはごく自然な成り行きで。
”彼氏と彼女”しか知らない、愛している幸せ、愛されている幸せ。目に見えはしないけれどそれはとても大きなもの。
いつまでもこの幸せが続くようにと、二人はその五分に願いをこめた。
Fin
(2012.11.02)
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読んでいただいてありがとうございます(^^)
こちらの小説は、いちご様が描かれた「彼氏と彼女。S*R」(pixivのサイトに飛びます)
という漫画を元に執筆させていただきました。
いちご様、素敵なお話と小説化への許可をありがとうございました。
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