夢と同じこと言ってんじゃねえ





「ああ、疲れた!」

館に入るなり開口一番大きな声を発したのは、今回の事件の発端でもある、依頼グループの”お姫さま”。
疲れたと言いたいのはこっちだ、一体誰のせいで―――。スコールは喉まで出掛かった言葉を飲み込む。


素人なりに、無い知恵を絞って編み出したとされる”渾身の作戦”は、情報収集の甘さから
見事に裏をかかれ失敗と相成った。依頼された側からしてみれば事前にもたらされた情報量は、
SeeDの作戦上ではありえない少なさであり、その中ではよくやった方だと思っていた。敵の正体を知るまでは。
要は敵の情報収集力の方が勝っていたわけである。


これからどうする。路頭に迷ったSeeDたちを余所に、無邪気に館の主と世間話を始める黒髪の少女。
ホテルでゆっくりと作戦を練り直したかったが、生憎ガルバディア軍が占拠しており、とてもではないが入れる様子ではなかった。
だからこそ、彼女の顔見知りでもある仲間の場所を提供してもらったというのにこの緊張感の無さだ。

スコールは業を煮やして彼女に詰め寄った。

「リノア、俺たちは少し作戦を詰めたい。どこか空いている部屋はあるか?」
「ああ、それなら二階の子供部屋の隣が今使ってないから、そこ使っていいよ。」

リノアと呼ばれた少女ではなく、恰幅のいい女性がこちらを振り向き、白いエプロンで手を拭いながら答えた。
彼女がこの館の主であり、ティンバーに数多くあるレジスタンスグループの一つ『森のキツネ』の首領だ。
首領というだけあって声に張りがあるが、それは手がかかる子供たちに対する毎日の発声の賜物とも言えた。

「助かる。」

短く礼を言い、スコールとゼル、セルフィの三人は顔を見合わせてリノアを残して二階へと上がっていった。



階段を上がった部屋では、子供たちは無邪気に遊んでおり、誰一人として三人に目をくれる様子も無い。
見知らぬ人物が家屋をうろついているというのに、警戒する素振りすら見せない。
この場所が、普段からレジスタンスのアジトとして活動していることを窺わせるのは想像に難くなかった。

部屋の奥に等間隔に並んだ焦茶色のドアが二つ。左側のドアは既に開け放たれ、ここからシングルベッドと、
二段ベッドが一つずつ置いてあるのが見えた。生活感が見ただけでわかる。日常使われていない部屋はもう一つの
締め切ったドアの向こうらしかった。スコールはためらわずにドアノブに手をかけ、中に入る。


部屋の中は微かに湿っぽく、埃臭い。締め切られたカーテンの隙間からわずかに差し込んでいる外の光を頼りに、すぐ側にある
スタンドランプのスイッチを入れた。柔らかな乳白色の灯かりが部屋中を照らし、三人のシルエットがぼんやりと壁に映し出される。
どうやら書斎として使われていたのだろう、ブラックウォルナット材の机が部屋の片隅でなりを潜めていた。
部屋の中央に置いてあるソファにゼルが腰掛けると、溜まった埃が舞った。咳払いをしながら手で空を切る。
セルフィは書斎机に腰を預け、スコールは窓際の壁に腕組みをしながらもたれかかった。
階下にいた首領の話を頭の中で整理する。二人揃って、眉間に深く皺を寄せた我らがリーダーの判断を待った。

「とりあえず、この奥のパブから放送局へ抜けられるのはわかった。だが・・・。」
「どうした?」
「何か問題でもある?」

言い澱んだスコールを前に、ゼルとセルフィは首をかしげる。

「この先リノアと行動を共にすると、多少なりとも任務に影響が出るような気がしないか?」
「というと?」
「彼女は戦闘においては素人だ。俺たちだって、訓練を積んできたとはいえ、SeeDになってから正式な任務はこれが初めてだ。
 一般人を庇いながら、情報も少ないところへ闇雲に突っ込んでいって勝算があるとは思えない。」
「でも、さっきの列車では特に被害もなかったよね〜?」

間髪おかずにセルフィが疑問を投げかける。先刻の偽大統領との戦闘を指しているのだろう。

「それは限られた空間で、敵の素性や規模が大まかであれあらかじめわかっていたからだ。
 リノア一人に気をとられていたところでそこまでヘマをやらかすほど、俺たちは不慣れじゃない。」
「だからって、リノアを置いてくのか?俺たちゃ独立までが契約期間なんだろ?勝手にクライアントと離れていいのかよ?」

ゼルは呆れたように両手の平を天井へ向けた。そんな動作に目もくれず、淡々と話を進めるスコール。

「もし仮に、本物の大統領暗殺が成功したところで、クライアントの素性がばれて捕まったりでもすれば
 独立どころの話じゃなくなる。ガルバディアの収容所行きがオチだ。一緒にいない方が効率良く事が進む。」


スコールは正直な気持ちを吐露した。言われたことは成し遂げる。それがSeeDの役割だ。
紙切れの上の話だけなら、リノアがスコールたちを上手く使って成果を出してくれればいい、ただそれだけ。
敢えて自分から危険に首を突っ込むような真似を、誰がしたいと思うのだろう。普通はそう思うのが常だ。

しかし、あの”お姫さま”は違う。自分が一緒に居て、戦えて、何でも出来そうだと思っている節がある。子どものお遊びと同様に。
要は現時点では足手まといにしかならないのだ。自分たちだけで任務を遂行することがどれだけ楽なことか。

「確かにね〜。でも、どうする?リノアは一緒に現場へ行く気満々だよ〜?」
「・・・セルフィが説得してくれ。」
「なんであたしが!」
「女子同士の方が話しやすいだろ?」

目の前でムリムリ、と手を左右に振るジェスチャー。伝令は得意でも交渉事は苦手の部類らしい。

「こういうときこそ、はんちょの出番じゃないの?」
「は?」
「だってさ〜、はんちょに出会った時のリノアの喜びよう、凄かったし。ねえ?」

セルフィはゼルに同意を求めるように目を細める。口元は笑っているが見据える視線は脅しそのものだ。

「お、おう。」
「きっとリノア、はんちょのこと気に入ってるとは思うんだ。だからはんちょの言うことなら絶対聞くって!」


戸惑うゼルを尻目に、根拠の無いこの自信たっぷりの台詞。こっちだって説得なんて面倒だ。それならもっと単純なやり方で・・・。
しばらく考えを巡らせていたスコールが嘆息をもらす。


「ガーディアン・フォースをジャンクションさせるか。」
「ふぇ!?」
「マジかよ!?」

突拍子も無い提案に、ゼルとセルフィは思わず声を上げる。二人の驚きももっともだ。ガーディアン・フォース、通称G.F.は
ガーデンで訓練されたものにしかジャンクションできない精神エネルギー体だ。とてもではないが一般人に駆使できる代物ではない。
初任務で冷静さを事欠いたのか、と疑いの眼差しを向けるゼルに対し、諌めるように言葉を続ける。

「何も本格的な仕様でなくていい、当面の応急措置だ。こっちは武器は扱えても、敵は擬似魔法も使ってくるだろう。
 それに対応するために防御へジャンクションさせていないと、苦労するのは俺たちだぞ。」
「だからって・・・。召還とかもすんのか?」
「そこまでは必要ないはずだ、説明は俺がする。文句は無いだろ。」
「ん〜。文句というか、そんなすぐに使いこなせるかなあ?」
「セルフィだって、トラビアガーデンではG.F.の使用を禁止されていたはずだ。転校してきてからの短期間で
 それなりに戦闘能力の変化が見えると考えれば、ジャンクション自体はそんなに難しいことじゃない。」

困惑の表情を浮かべながら、適当な返答が出来ない二人をこの台詞で何とか納得させた。
リノアと行動を共にするというのであれば、これが一番リスクが少なく、かつ迅速に作戦を遂行しやすいからだ。



三人の中での妥協案が決まったところで、ドアをノックする音が聞こえた。外から何も知らないリノアの声が響く。

「ねえねえ、もう作戦会議終わった?下で食事の準備が出来たって。お腹空いたでしょ、食べていかない?」
「おう!そりゃありがたいぜ!」

食事という言葉にいち早く反応したのはゼルだった。拳を振り上げて立ち上がる。同時にリノアがドアを開けた。

「やった〜!ごっはん♪ごっはん♪」

二人はリノアの脇をすり抜け、いそいそと階下へ足を運ぶ。その後、壁際で微動だにしないスコールを見て
スコールは降りないの?とでも言いたげな風に笑顔で首をかしげる。

「リノア、ちょっと話がある。」
「え?わたしに?なになに?」
「とりあえず、座ってくれ。」

先ほどまでゼルが座っていたソファを顎で指し示すと、部屋の中へ入ったリノアはきょとんとした表情で腰掛けた。
続いてスコールが意識して隙間を空けて隣に腰掛ける。説明するに十分な距離は保てていた。こうでもしないと話しづらい。
レザージャケットの内ポケットから、よれた小さな手帳と付属のペンを取り出し、開いたページをめくる。

「あんたにも戦闘に加わってもらうことになった。」
「え?わたしも?」
「この先の情報があまり入ってこない以上、あんたを護衛しながら戦闘体制に入るのは心身ともに負担が大きすぎる。
 だから、本来なら俺たちでしか使えないG.F.を即席だが使えるようになって欲しい。自分の身は自分で守れ。」

そう言って、スコールは手短に、それでいて要点を抑えながらリノアにジャンクションの手解きを始めた。
走り書きをしながら順序を踏んで説明する時も、時折メモを覗き込んではいたがリノアはずっとスコールの顔を見て頷いている。
スコールもそれに気付いていて、わざと視線がかち合わないように努める。

彼女は行動や思考がやや幼くはあるものの、十分もすれば基礎的な内容は理解したらしく、飲み込みは早い方なのだな、とスコールは少し感心した。
やがて一通りの説明が終わるとスコールから切り離されたメモを受け取り、口を小さく動かしながら先ほどまでに教わったことの復唱を始めた。
なるほど、本を読むときに口を動かすタイプか。リノアの小さな動作を見て、どうでもいいことを考える。


気付くと、零れ落ちる黒髪の隙間から見える彼女の横顔に見入っていた。白い肌がちらちらと、僅かな動きで光を跳ね返すようにも見える。
意識を奪われたのはそのほんの一瞬ではあったが、我に返って雑念を振り払うために小さく頭を振った。どうかしてる。


しばらくしてリノアが手元のメモ書きを見ながらも、スコールに向けて一生懸命言葉を紡ぎはじめた。
まるで、誰かに聞いてもらいたかった想いをここで全て吐き出すかのように。

「―――わたしはねえ、ティンバーを独立させて、それから・・・。あ、わたしばっかり話しちゃってるね。
 ね。スコールも話してよ。・・・・・・夢とか、あるんでしょ?」
「夢?」
「そう。わたしに話したくな〜る、話したくな〜る。ダメ?」
「悪いが・・・そういう話ならパスだ。」
「もう。スコールのけちー。」

そう言いながらリノアはぷうっと頬を膨らませる。スコールは額に手をやり、理解不能だ、と言いたげに首を左右に振った。


―――奇しくもティンバーに向かう列車内で見た、夢に出てくる不思議な男と同じような台詞をリノアは口にしていた。
黒く長い髪を後ろに束ねた男が、真紅のドレスを身にまとった女性を前に、一方的に夢を語っていた。


わかってるのか?それを実現させるためにどれほどの困難と危険を伴うのか。あんたは素人だ。なんにもわかっちゃいない。
そんなことは夢、そう、夢物語だ。夢と同じことを言うなんてことは所詮それもまた夢の話。
今そんな話をしている場合じゃないだろう、いい加減に現実を見つめたらどうなんだ。
だが、契約内容は果たされてはいない。というかさっき出会ったばっかりだぞ。いつまでこんな茶番に付き合わないといけないんだ、まったく。


スコールは募る苛立ちを隠すように立ち上がった。窓に近づくと締め切ったカーテンの隙間からわずかに顔を覗かせ、外をうかがう。
青い軍服に身を包んだガルバディア兵が、武器を片手に石畳の上を歩いている。

大きくため息をつきながら、もう一度リノアの方を振り返る。
今しがたスコールから説明を受けたG.F.を早く使いたくてうずうずしているのが、一目でわかる。
この大きな力があれば、SeeDという精鋭部隊がいれば、目的は達成できると思っているのだろう。
リノアの真っ直ぐな視線はスコールを通り越して、もっと遠くを見つめている様でもあった。



「わたしたちも、そろそろいこっか!」
「本当に、大丈夫なんだろうな?」
「だいじょぶ、だ〜いじょうぶっ!わたしにはアンジェロも、スコールもついてるもん。ねっ?」

立ち上がって右手の人差し指を真上に上げる仕草は、彼女の無意識の行動だったかもしれない。
ただ、その一瞬の振る舞いが、スコールの心の奥深くにある小さな衝動を揺さぶった。




しばらくは夢物語に付き合うしかないか―――先ほどまで抱いていた”面倒なお荷物”だという感情は、
彼女のほんの些細な”魔法”によって解かれていることに、スコールはまだ、気付いていない。






Fin

(2012.08.29)


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