いつもと同じ景色、同じ顔ぶれ、同じ時の流れ。
でも、この日だけはいつもと違うと信じたい。
大切な人がこの世に生まれ出でた日。
そして、その日を共に分かち合えるということ。ああ、何て素晴らしいのだろう。
願わくば、今日一日だけは静かな幸せを・・・・・・。




彼は誰時に君想う





晩夏の朝はまだ早い。清清しい夜明けより更に早く、まだ辺りが暗いうちに目が覚めた。起床時間では
ないということはわかるが、部屋の中の輪郭がぼやけていて視点が定まらない。頭もぼうっとしている。今何時なんだろう。

けだるさが残る中、時間を確認するため体をよじろうとすると、自分が腕の中に
抱きとめられていることに気付く。細めだけれど筋肉質で、所々薄い傷跡が残る戦いに慣れた腕。



(・・・起きてる?)



わたしを抱きしめながら横になっている最愛の人の顔を眺めると、薄暗がりの中で
目を閉じて穏やかな寝息をたてているのが見えた。よかった、起こしちゃいけない。

少しずつ薄暗さに慣れてきた目でサイドテーブルに置かれたデジタル時計の表示を見ると、まだ5時にもなっていなかった。


気付かせないようにそっと彼の腕の中を抜け出して、ベッドの端に少しだけ移動した。
体温が移っていない場所は少しひんやりとしていて、柔らかな生地の感触が素肌に心地いい。
と思うと同時に、自分の格好を見てつい数時間前のことを思い出し顔が紅くなる。
身にまとっていた薄い着衣は無様にもベッドの脇に落ちていた。
ベッドが軋む音で彼が目を覚まさない様、細心の注意を払って身を起こし、それらを拾い上げる。
すっかり皺になってしまったシャツに袖を通すことは簡単なことだけれど、どこか気恥ずかしかった。

再び彼の様子を窺うと、まだ呼吸のリズムは正確に刻まれていた。
こんなに無防備に寝ている姿を見られるのも、まだ数えるほどでしかない。いつもは彼の方が先に起きてしまうから。


普段忙しくて、ほとんどまともに食事も睡眠もとることが出来なくて。任務がひと段落着いた
ほんのわずかな時間が出来るとこうしてわたしといてくれる。会えない時間を惜しむように。
わたしは本当に愛されていると思ってもいいんだろうか。時々ひどく悩むこともあるけれど。

そういう素振りを見せれば、あなたはいつだって”心配するな”と言って、見た目よりも逞しい掌でわたしの頭を撫でてくれる。
それはもう、いつも良く見られたいと努力している髪型をいとも簡単に崩してくれるほどの不器用さで。



そんなわたしたちを偶然にも見かけることが出来た幸運な仲間たちは、”仕方がないなあ”と言った具合で
彼の行為に噴き出しそうになりつつもあたたかく見守っていてくれる。普通であればなんという幸せなんだろうか。



―――ねえ。


いつだってどこだってあなたと一緒にいたいとか、いてほしいとか。そんなわがままを言っていた幼いわたしを許してね。

今だってこんなに近くにいるけれど不安を感じないわけじゃない。
明日をも知れぬ任務の連続が、今日という日が終わると再び訪れるのだ。こうして束の間の休息を取っているあなたを、
わたしの側で何の警戒心もなく眠るあなたを見ていられることがずっと続くとは誰も確約できないのだから。

だからこそ、貴重な休暇をわたしだけのために使ってもらっていいのかな、という想いと、
少しでもひと時でも離れたくないという独占欲丸出しの想いがさっきからずっとぐるぐると頭の中を追いかけっこしている。




「・・・・・・明日、お休みどうするの?」
「あんたがしたいようにしてくれていいさ。」
「でも、せっかく久々のお休みなのに・・・。」
「大した用事もない。俺はリノアと一緒に居られるだけでいいんだ。」
そう言って彼は日付が変わる前に夢の中へと沈んでいった。よっぽど疲れていたんだろう。



そんな会話を思い出しながら、楽しいことを思い浮かべてみる。大切な大切な、一年で一度しかない特別な日。
今日は起きたら何をしよう?どんな事をして二人で過ごそう?たくさんたくさん考えても、一つに絞りきれない。困ったな。
前々から言っていたバラムのお店にも行ってみたい。オープンカーでドライブとか。夜空を見上げながら浜辺を二人で歩くのもいいな。

それでも心の奥にわだかまる心配の種は尽きないのだ。無限に湧き出る泉のように、わたしの心を覆ってゆく。


後数十分すれば、空全体が焼けたように綺麗に茜色に染まるだろう。ほんの一瞬、まばゆい光源が地平線から覗き出るまでのわずかな時間。
新しい一日の始まりを、愛しい人とこの先どれだけ迎えられるだろうか。そばにいることは許されることなのだろうか。


部屋はしんと静まり返っている。裸足のまま忍び足で簡易キッチンに向かい、蛇口をひねってコップ一杯の水を飲み干した。
喉が鳴る音がやけに響く。喉の潤いはそのまま心の潤いへと繋がるような気がした。
その不安を水と一緒に流し込むことで、彼を信じる糧とする。だいじょうぶ。わたし、まだ頑張れる。





静寂を割って、微かな唸り声が聞こえた。


どうやら彼も目が覚めたらしく、眠たげに身をよじる。わたしが隣に眠っていないことに気付くと、
緩やかに目線を部屋中にめぐらせる。柔らかな薄青色の部屋の中にわたしの姿を見つけると、腕をあげて
”いいからこっちこいよ”―――そう言わんばかりにゆっくり手招きをするあなたを見て、わたしはどうしようもなく嬉しくなるんだ。


わたしはありったけの笑顔と、喜びをあらわにして彼に近づく。そして額の傷にそっと唇を乗せて、耳元で囁くのだ。
あなたがこの世に生まれてきてくれた日に感謝を込めて――――。


「お誕生日おめでとう、スコール。」


微かに微笑んだ彼は、またわたしをしっかりと抱きとめて、満足そうに眠りに堕ちる。
そう、後少しの時間で朝がやってくるというのに、このまま起きる事はないであろう甘い甘い媚薬に溶かされたかのように。




Fin




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スコール、ハッピーバースデー!




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