summer valentine!


季節は移ろい、そして変わってゆくもの。
1日24時間単位の思考で過ごしていれば気づかない事柄でも、
俯瞰で見れば、いつの間にか日が照りつける暑い季節がすぐそこまで近づいていた。


その日のバラムは一日中雨の予報だった。
ここ数週間の”雨期”のため、独特の湿り気が肌にはり付く。
最後に晴れ間を見たのはいつだろうか。
そう思うほど、雲の切れ間を見つけることは容易ではなかった。






「よう、スコール!」

昼休みに入ると、バラムガーデンの食堂は一気に混み合う。

スコールは夜勤明けプラス、報告書の作成で結局昼近くまで睡眠をとる事が出来ずにいた。
目の下に薄くクマを作りながら、やや乱れた髪をそのままに食堂の席で昼食をとっていると、
本日もパンを取り損ねてがっかりした様子のゼルがやってきた。

がっかりしている反面、呼びかける口調はやけに明るい。こういう時はあまりいい予感はしない。

「………ゼルか。久しぶりだな。」
「久しぶり、って…。お前、つめてーなあ、昨日廊下ですれ違ったぞ!?」
「悪いな、覚えてない。」
「〜〜〜〜〜〜!!!(ったく、ほんとーにコイツ、こういうとこ変わってねえ!)」

こめかみに立つ青筋は、幸か不幸かその刺青によってかき消された。
ゼルは何も言わずにスコールの座っているテーブルに自分も腰掛ける。
スコールは無論、その様子を黙って眺めていた。むしろ風景と見なしていた節はあるが。



おそらく他愛ない話を持ちかけていたのだろう、必死に口に物を詰め込みながら話すゼルを見て、
スコールはその口元をただ漠然と見つめていた。
早く自室に帰って、窮屈な制服から開放されたい。ただそれだけが彼の心を支配していた。
しかし、目の前にいる戦友を無下にする事はできない。
以前のスコールなら無駄話をする輩は切って捨てていたことであろう。
そう思えば、彼の所作はかなり変化を遂げていた。


ゼルはスコールの内心などおかまいなしに話を続けている。
食事も9割方終わり、最後のデザートであるコーヒーゼリーにスプーンを入れながら唐突に切り出した。

「お前さ、サマーバレンタインって知ってるか?」
「………はぁ?」
「だー、かー、らー。サマーバレンタイン!」
「いや。それは聞こえている。何だ?その…………。」


サマーバレンタイン?というか、バレンタインってアレだろ?
菓子屋の商業戦略の一環じゃないか。
愛を確かめ合うとか何とか。馬鹿げてる。
チョコ一つで相手の気持ちがわかるのなら、今頃世の中チョコまみれだ。


あまりの突拍子のなさと眠気がピークに達してきたためか、少し苛立ちながらも奇妙な既視感を覚えた。

(…………前にも似たような、ことが?)


右手で口を覆い、意識を集中させる。思い出せ。少し前にも似たような事で驚かされた。
その瞬間、眉間に微量の電流が走ったようにその光景がフラッシュバックした。

―――――そうだ、秋にリノアに”真ん中バースデー”の話を切り出された時も、同じように面食らった。
限りなく些細な事でもイベント事に仕立て上げる才能はさすがと言おうか、
呆れてモノも言えなかったが、ある意味リノアらしいと思った。


もしかして、今回も―――?


そう考えたスコールは、ゼルに情報の出所を確認する。

「そんなイベント、今まで聞いた事もないが。」
「や、その。俺もあの図書委員からしか聞いてないんだけどよ………。」

ゼルは急に顔を赤らめて慌てる、しかも大げさに両手を振りながら。
その動作を見て何も感じないほうがどうかしている。なるほど、そういうことか。


ゼル、もとい三つ編みの図書委員の話によると、サマーバレンタインとはいわゆる7月7日の七夕を指すらしい。
1年に1度だけ彦星と織姫が逢瀬が出来る恋物語に便乗して商機に繋げるスイーツブランドの戦略で
意外とその歴史は古く、20年ほど前から存在はしていたが、いまいち浸透はしていなかった。

2月のバレンタインのように何かをするわけではなく、いわゆる「フリーダム」な一日。
それでも世の女性たちは、こういうイベント事に心ときめかせ、浮き足立っているという。


「俺たちって、こう、戦場とか血生臭いところに行かされたりするからさ。こういう事に疎いんだよな。
でも女子の情報網はさすがというか………。セルフィやシュウは当然で、あのキスティスまでもが
詳しくは知らないが、ここ数年店頭では出回っているから単語くらいは聞いた事があるって言ってたぜ!
もしかして、リノアも知ってんじゃねえの?」


思わず飲んでいたコーヒーをふき出しそうになった。
しれっと、リノアの名前を出してくるゼルもどうかと思うが、一応突っ込んでおく事にする。

「なんで、そこにリノアの名前が出てくるんだ。」
「またまた〜。とぼけても無駄だぜ!スコール。」

別に隠す筋合いもないが、かと言って他人にずかずかと踏み込まれるのは面白くない話題だ。
ゼルは関心が見え見えなだけに、デリカシーのなさがいつか身を滅ぼすぞ………と、いつかアーヴァインが言っていたことを思い出した。


スコールは最後の一口を飲み干し、右手にトレイを持った。気だるそうに立ち上がりゼルの前から去ろうとする。

「あ?もう行っちまうのかよ?」
「言いたい事はそれだけか?もう用も済んだろう。」
疲労により集中力が途切れ冷たくあしらうスコールに、ゼルはがっくりとうなだれた。

(リノアのせいで変わったかと思ったけど………やっぱり、コイツ何にも変わってねえよな………。)

彼が変わったと思う一面はリノアの前だけしか見せないと言う事は、勿論ゼルは知る由もない。
当の本人でさえ無意識に態度が変わっているのだから。




    *    *    *




寮の自室に入ってすぐに眠りに就いていたようだ。
制服の窮屈感が寝る体勢を制限していたらしく、体の節々が軽く固まっている。
普段から訓練で体を動かしていても、デスクワークが数日続くだけで身体がなまってしまう。

僅かでも睡眠がとれたことで、思考回路が再び活動を始める。
目覚めるために軽くシャワーを浴びようと体をひねると、もうすぐ夕日が落ちる頃だと気が付く。
いつの間にか雨が上がり、窓の外には薄灰色の中にも明るさが広がる夕空が見える。



「あ、起きた。」



馴染みすぎた声。その気配はスコールの警戒心の対象には入らない。
それほど心を許している黒髪の少女は、椅子に座って楽しそうにスコールを見下ろしていた。


「リノア、いつから…………?」

徐々に覚醒する頭を振りきり、焦点が定まらないうちにリノアは笑った。
彼女にとってはいつもの笑顔でも、スコールにしてみれば喉の渇きを潤す泉のようなものだ。

「ここに来てからはまだ30分くらいだよ。今日はカドワキ先生のお手伝いをしていて、ちょっと時間がかかっちゃって。」

そう言ってリノアは軽く肩を竦めてみせた。
一つ一つの仕草が、まだスコールにとってはどれも新鮮なもの。
一日として同じものには見えないから不思議なものだ。

「お仕事、忙しかった?」
「いや、そうでもないんだが…。リノアが来た事も気づかないくらいに熟睡してたのなら、SeeD失格だな。」
「疲れてたんだよ、最近ずっとガーデンにこもりっきりだったじゃない?」

そう言って椅子から立ち上がると、両手を広げリズミカルに踵を浮かせながら”ハグハグ”とねだる。

「………先、シャワー浴びたいんだ。」
「もう〜〜!スコールのドケチ〜〜!」

リノアの声を聞きながらようやく重い腰を上げてベッドから立ち上がり、シャワールームへと向かう。
歩みながら制服のジャケットを脱ぎ捨てると、それをリノアが後ろで拾う気配がした。


「まるで新婚さんみたい。」
ふふ、と軽やかに笑うリノアの驚く顔が見たくて、わざとからかってみせる。
「……何ならこのまま一緒に浴びるか?」
「――――――っ!!」


案の定な反応を示す彼女を尻目にドアを閉め、シャワーのコックをひねる。
外で真っ赤な顔をしているリノアを想像して、笑いをかみ殺すのに必死だった。



やや水温の低いぬるま湯を全身に浴びる事で、日中の煩わしさが心まで洗い流されるようだ。
コックを締め、掌で顔の水気を切り、そのまま前髪を後ろへなでつける。
棚からオフホワイトのタオルを取り出して、髪の毛の水分をとった後首に掛けた。


「そういえばさ、今日って七夕なんだよね〜?」
「七夕……。そうか、今日7日か。」

部屋に戻ってきた途端リノアの何気ない切り出しに、昼間ゼルと交わした会話が蘇ってきた。
ここ数日は任務でも曜日で期日を伝える事が多かったので、実際今日が何日かなんて意識していなかった。

スコールは、ゼルから聞かれた内容をそのままリノアに問うてみた。

「リノアは、知ってるのか?”サマーバレンタイン”って言葉。」
「サマーバレンタイン?見たことはあるよ。でも、ふ〜ん、って感じかな?」
「そうか………。」
「でも、何で?スコールがそんな言葉知ってるなんて。珍しい〜。」
「今日の昼、ゼルから聞いたんだ。」

そっかぁ、と返事をする姿は、イベント事が好きな彼女にしては興味が薄そうな対象、そんな印象だった。
気のない返事をしたスコールを見て、リノアはこう応える。

「だってさ、元々は一年に一度二人が逢瀬出来る、って日なんでしょ?そっちの方がよっぽどいいじゃない。
別にバレンタインなんて言葉つけなくたって、それだけで充分ロマンチックだよ〜。」
「………そりゃそうだ。」
「それに、お願い事書いてツリーに吊るすわけでしょ?いっぱい飾り付けして。」
「………ツリーはクリスマスだろ。」
「あっ、そうか!」


リノアはへへ、と舌を出しながら照れ隠しで頭を掻いた。
所詮言い伝えのようなものだから、何が正しくて、何が間違ってるか、そんなことは問題じゃない。
要はそういうことを楽しむ気持ちが必要なんだと、リノアに教えられたような気がする。


窓の外を見ると、ちょうど地平線に日が沈む頃であろうか。
東の空はかなり暗闇が広がりつつあった。もう2時間ほどもすれば、織姫彦星が見られるだろう。
………このままの天候だとそれはかなり怪しいものかもしれないが。


「見えるかな?天の川。」
「残念ながら、今日は厳しそうだな。」
「もう〜!なんでスコールってば、そう夢のない事言うかなあ?」
「事実だろ。まだ”雨期”は続いてるんだ。明日の予報も晴れじゃない事は確かだ。」


窓辺に手をついて、必死で空を見上げて星を探そうとしているが、その努力は無駄に終わりそうだった。
彼女は、やはりどんな時でも「諦めること」をしたくない、そういう性分の持ち主なのだ。
そんなリノアを愛おしく想い、彼女の願いを叶いいれてやりたい。そう思ったが
ただ、相手が気象とあっては、さすがのスコールでもどうにもならないことである。
それならば、せめて――――――。


スコールはそっとリノアの背後に歩み寄り、そのまま両腕で抱きしめた。
艶やかな黒髪からは、仄かに甘い香りが鼻腔をくすぐる。少女から大人の女性へと変化を遂げる前、未熟な果実のようだ。
決して力をこめたわけではないが、突然の出来事に戸惑いつつも、受け入れてくれるリノアを壊しそうな錯覚に陥ってしまう。


「………中々一緒にいてやれないよな。」
「わかってる。スコールは世界中が必要としてるんだもん。わたしは待つしかないよ。」
「悪い。」
「謝らないで。一年に一度しか逢えないよりは、マシだもん。」


ふと腕の力を緩めると、黒曜石の瞳がこちらに振り向いた。
「ね?だから、二人で空にお祈りしたら、少しは一緒にいられるかもしれないよ?」
「ああ、そうだな……。来年の今頃は、もう少し今よりも一緒にいられるといいな。」
「うん!」


すっかりと日が暮れ落ち、部屋の中は薄暗かった。しかしスコールは部屋の照明を点けることなく
もう一度、しっかりとリノアを胸の中に抱きとめる。
このぬくもりが、この安らぎが、いつまでもいつまでも続くよう――――。


天の二人だけが見守る、地上の二人だけの秘めた約束。









Fin




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