聞かせてよ





暗い空を見上げれば、まばゆい街灯の合間を縫って、僅かに見えるオリオン座の三連星。
寒い割には空気が乾燥しているだけで、体の芯から冷え切るような冷たさは感じられなかった。
いつもであればこの時期は身を切るような風が吹き荒れるにも関わらず、
暖冬のせいか、例年よりも穏やかな気温のクリスマスとなった。


ライトアップされた街路樹に添って歩いていると、大きな紙袋を抱えて家路に着くサラリーマンや、
ブティックのショーウィンドウを揃って眺めながら、腕を組んで歩くカップルなど
色とりどりのイルミネーションに彩られた表情がたくさん目に飛び込んでくる。



リノアは、独りゆっくりとその中を歩き続けていた。
どこへ行くわけでもなく、ただあてもなく。



思わず手にとってきた上着がやや薄手のコートだったため、
いくら暖かい冬とは言えども夜風は身にしみる。
両手で自分自身を抱きかかえるように包み込み、
僅かな体温も逃がさないように無駄な努力をしてみるも、寒いものは寒い。

白の中綿のコートは、見た目には暖かそうに見えた。
しかし、リノアの心まで温めることは出来なかった。




――――今頃スコール、怒ってるだろうな、心配してくれてるかな。

せっかくのクリスマスだというのに、ささいなことでリノアとスコールは喧嘩した。


きっかけはいつも通りのやりとり。いつまで経っても進歩しない二人の会話。
もう幾度となく繰り返されてきた、いわば風物詩と言っても過言ではないものだ。

例年通りクリスマスを一緒に過ごす約束をしながらも、
当日一度たりともその約束が実行された試しがない。


世界中を飛び回っているスコールにしてみれば、
その日をどれだけリノアが心待ちにしていているのかもわかっていたし、
自分が何としてでもその想いをかなえてやりたいと思うのは至極当然のこと。
ただでさえ傍にいてやれる時間が少ないのだから。

リノアだって我慢してきた。我がままをいって困らせないように。
仕事で忙しいスコールの重荷にならないように、と。


けれども、今回ばかりはさすがのリノアも堪忍袋の緒が切れた。
というよりも、呆れてしまったと表現したほうが近いかもしれない。
口約束ばかりで、態度で示してくれさえしないスコールに、
苛立ちや怒りをぶつける前に、戦意消失してしまったのだ。



吐く息が少しずつ白さを増してゆく。
吐いては消え、また吐いては消えの繰り返し。
白くくぐもった水蒸気の固まりは目の前で姿を現したと思ったら瞬く間に消えてゆく。
こうしていると、自分がこの世界にこうして生きて、立って、当たり前のように呼吸をしていることを
まざまざと実感させられる。



(わたしは、生きている。でも自分の意思で死ぬ事は出来ない。魔女だから―――。
だからこそ、限られた時間なんだよ。
スコールと一緒に過ごせるのはほんの僅かなんだよ。
なのに、どうしてそれさえもわかってくれないの………??)



せわしない街中で、俯いて歩く女性なんて何かあると好奇の目で見られても仕方ない。
でも、今のリノアには堪える涙を隠す術などなかった。
目は潤み、鼻をすすりながらかじかむ手で顔を覆う。
歩幅がどんどん小さくなり、やがて止まると同時にその場にうずくまった。
小さな嗚咽が周りのいぶかしむ視線を集める元となる。



―――その瞬間。

喧騒の中から小さな靴音がリノアの傍に駆け寄ってきた。
僅かな風圧で、充分すぎるほど慣れ親しんできた人物の香りが漂ってくる。
リノアは心臓が止まるかと思うほど、苦しく切なくなった。



「リノア、ここにいたのか………。」

頭上から注がれる低音がひどく懐かしく感じる。
世界中でただ一人、傍にいて欲しいと思っている最愛の人。
それなのに、今は一番会いたくない、顔を見られたくないと思ってるその人。



「………。」

言葉が出てくるはずもない。
嬉しさ、悲しさ、悔しさ、恥ずかしさ……色んな感情がごちゃまぜになって。
今の気持ちを一言で伝えられたなら、リノアにとってどれだけ楽な事だろう。

そんなリノアの気持ちなど汲み取ることすらしないように
強引に腕を持ち上げ立ち上がらせるスコール。

「いっ。たい……、やだよ…。」
「いいから。来い。」
「…なん、で…?どうして、そんなこと、するの…?」

無言で引っ張って行こうとするスコールの表情は、ちょうど影になりはっきりと捉える事が出来ない。


その態度にまた腹が立ったリノアは、力いっぱい掴まれた腕を振りほどく。
「……い、やっ!!」
「………!!」
まさかそんな行動に出られると思っていなかっただけに、スコールは目を丸くしてリノアを見つめた。


「わたし、スコールのなんなの?一体どれだけ待てばいいの?
どうして欲しいの、どうしたらいいの?もう、わかんないよ、わかんない………。」

人目を憚らず、当り散らし泣き喚くリノアを見て、スコールはどう感じた事だろう。
そんな風にリノアは考えながらも、溢れ出る感情は抑える事はできない。
半ばヒステリックになってその場で泣きじゃくっていると、突然視界が真っ暗になった。



(スコール………?)



肩から背中にかけて冷え切ったリノアの体に、スコールの力強い腕と温かい体温が重なる。
まるで小さな子供が迷子になって、親を見つけたときに不安をぶつけるかのように、
スコールはしっかりとリノアの体を包み込み、抱きしめた。

「俺だって、我慢してきたさ。伝えたい事も、お前にしてやりたい事もたくさんあった。」
「スコール………。」
「俺はどうしたらお前の不安を取り除いてやれるんだ?そんなことばっかり考えていた。」


何もいらない。リノアはそう思った。
下手な小細工や、物や、環境なんて揃ったって意味はない。
ただ、スコールの素直な気持ちが欲しいだけ。それがあれば。
それがいつでも傍にあれば、こんなに不安に駆られる事なんて何もない。

言葉にならない想いを込めて、リノアもきつくスコールの背中に腕を回す。


「スコールが、こうして来てくれただけで、わたし幸せだよ。」
「………リノア、」「だから、もう大丈夫。ありがとう…。」


本心を言えば、決して満足というわけではない。
でもこの寒空の下、自分を連れ戻しに来てくれたというだけで、
そんな小さなことだけでこんなにも気持ちが軽くなるのはやっぱりスコールの事が好きだから。
どんなに悪態ついたって、結局はその灰蒼の瞳に負けてしまうんだ。
だから、ずっとわたしを離さないでいて欲しい、ただそれだけ……。


するとスコールはおもむろに右手をコートのポケットに入れ、少し中をまさぐった後、
すぐにリノアの体を離し、その左手を取るとすっと薬指にリングを嵌めた。

「………え?」

一瞬、何が起こったかわからないリノアに向かって、小声でつぶやくスコール。

「え?え?何?なんていったの?」
「……二度と言わせるなよ……。」
「え?だって!そんな事!もっとちゃんとじっくり聞きたいのに!ねぇ、なんて?もう一度〜。」
「そんなこと、言えるか。」
「もう!やっぱりスコール意地悪なんだからー。」
「勝手に言ってろ。」


一気にいつもの二人に戻る。彼らを知る友人たちが見たら何て微笑ましいと思うのだろうか。


歩んできた道はけして平坦な道ではなかったけれど、
これから先は二人で歩んでいけばきっと大丈夫。
リノアは、今しがた身についたリングをかざしながら、ふふっと小さく微笑んだ。


「ほら、リノア。帰るぞ。」
「うん!」


そう言って、リノアはスコールの手に自分の手を重ねて握り締めると、
スコールはそれに応えるかのように力強く握り返し、重ねた手をコートのポケットへと潜りこませた。



聖夜に導かれた二人の前途に幸あらん事を―――。
Happy Merry X'mas!









Fin



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あとがき

クリスマス前に拍手お礼小話として載せていたものです。




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