香りに包まれて





「覚えてないよなぁ・・・きっと。」


ため息をつきながら、壁にかかっているカレンダーをちらっと見やる。
もう今日で何度目だろうか。
明日の日付は3月14日。言わずと知れたホワイトデー。


・・・別に期待してない、なんて言えば嘘になるけど、
やっぱり女の子としては何かして欲しいと思うじゃない?


「そう思うよねぇ?アンジェロ?」
私は、ベッドの傍らで丸くなっている愛犬を撫でながら軽く同意を求めた。
アンジェロは、何を今更・・・と言わんばかりに大欠伸。
ううう、犬にまでコケにされた。もういいもん!


―1ヶ月前のバレンタインデーに、スコールにチョコパイと、
任務用に使って欲しいと思って一緒に渡したカッターシャツ。
これから暖かくなるのを見越して、アイボリーカラーの麻混タイプを選んだ。
相変わらずちょっとはにかんで
(サンキュ、大事に使わせてもらう。)
と言っていたのに・・・。
そのお返しの日が明日って、わかってるのかな〜?


・・・きっとスコールのことだし、こういうイベント事って疎そうだから、
絶対、ぜ〜〜ったい、忘れてる!



外の天気はこれ以上にないくらい青さが澄み切っていて、
時折窓から入り込んでくる風は、3月とは思えないほどの暖かさ。
「よいしょ、っと!」
勢いよく体を起こし、大きく一つ深呼吸をして気持ちを切り替える。
「ま、忘れてたら忘れてたでいいんだけどね。明日の休みさえ一緒にいられれば。」
独りぽそっとつぶやくと、机の上に置いていた携帯電話が鳴った。



誰〜?・・・あ、スコールだ!



サブディスプレイに浮かぶ、愛しい人の名前。
はやる気持ちを抑えて、電話に出る。


「もしもし、スコール!?」
「リノアか?すまない、ずっと連絡できずに・・・。」
「いいよ、そんなのー!任務終わったの?お疲れ様!」
「ああ、実は予定より早く切り上げることが出来て、
今バラムの駅に着いた所だ。リノア、これから何か用事あるのか?」
「これから?ううん、今日は何もないよ。」
「そうか。すぐにガーデンに帰って、荷物を置いたらリノアの部屋に行くから
ロック解除して待っててくれ。」
「うん!気をつけて帰ってきてね!」


電話越しなのに、スコールの声を聴くだけでこんなにドキドキする。
私ってば、超単純かも・・・。


「ああ、そうだ。」
電話を切りかけたその時、少しトーンダウンしたスコールの声が。
「その・・・。明日の休みなんだが、悪い。午後から急に任務で会議が入ってしまって・・・。」
「え〜!そんな〜!前から休みだって言ってたじゃない!」
「本当に、すまない。何とかねばったんだが・・・。」
「もういいよ、お仕事お仕事、スコールは仕事の鬼だもんね〜。
私は大丈夫だよー、お気遣いなく!」
「リノ・・・」
一瞬で怒りが沸点に達してしまった私は、勢いで通話を切ってしまったけれど、
その直後に猛烈な罪悪感に襲われた。


せっかく楽しみにしてたのは、スコールだって同じなのに・・・。
どうして私ってば、こう意地の悪い台詞しか言えなくなっちゃうんだろう。
スコールを困らせてるって、わかってる。わかってるのに。
ついつい自分の気持ちを優先してしまうんだ。
スコール、こんな私に怒ったかな・・・。もしかしたら部屋に来ないかもしれない。
どうしよう、何であんなこと言っちゃったんだろう・・・。



自己嫌悪と、今まで会えなかった寂しさがごちゃまぜになって、
どうしようもなくなって、涙が頬を伝う。
「スコールぅ・・・。」



―ひとしきり泣きつくして、顔がぐちゃぐちゃになって。
さすがにそろそろスコールが部屋にやってくる頃かもしれない。
「顔・・・洗お。」
私は洗面所に向かい、冷たい水を思いきり顔に浴びせた。
これでちょっとは赤らんだ目元、ごまかせるかな・・・?


洗いざらしのタオルを手に取り、濡れた顔を包み込む。
と同時に、私の体が背後から大きな腕に抱き寄せられた。
「・・・っ!」
振り向かなくてもわかる、この感触。
私の心音は早鐘を打ったように止まらなくなる。
「ただいま・・・、リノア。」
私はその姿勢のまま、またあふれ出る涙を抑えることが出来なかった。
今の顔、見られちゃヤダ・・・!


「怒ってるのは当然だな・・・。本当に悪かった。
でも、俺にとってリノアに泣かれることほど辛い事はないから・・・。」
「・・・こ、っちこそっ、ご・・・めん、なさっ、・・・いっ、ひど・・いことっ、いっ・・・」
涙で声にならない。
でも、そんな私を何も言わずに抱きしめながら、頭を撫でてくれる。
その大きな掌のぬくもりに、いつも私は安心させられるんだ。
私を護ってくれる、あたたかい手・・・。








「・・・ほら。落ち着いたか?」
差し出されるミルクティーを、ちょっと遠慮がちに受け取る。
「うん・・・。ありがと。」
「リノア、目が真っ赤だな。」
「もう〜、誰のせいだと思ってるの〜?!」
悪い、悪い、と笑みを見せつつ、スコールは私の瞼に軽くキスを落とす。
ずるいよ、そんな事されたら逆らえないじゃない。



温かな液体が、私の体を芯から満たしてきた頃、
スコールはおもむろにラッピングされた袋を私に差し出してきた。
「リノア、これ・・・。」
「え・・・?何?」
薄茶色のイングリッシュペーパーのようなものが、
ピンク色のリボンで口を器用に結ばれている。
持ってみると、大きさの割には少し重みがある。
「・・・リノア、バレンタインの時シャツくれただろ。それのお返しだ。」
「スコール、覚えてたの?」
「一日早いけど、な。」



何だか、嬉しいよ、スコール。
あれだけ寂しくて、悲しくて、どうしようもなかった怒りとか、そんなもの、
全部吹っ飛んじゃうよ。



「開けていい?」
「ああ。」
丁寧に封を解いていくと、中から液体の入ったスプレーボトルが出てきた。
香水にしては大きすぎるし、整髪料でもなさそう・・・。
でも、揺れる水面はなめらかで、ほんのりピンクがかった色味をしている。
気のせいか、少し甘い香りもするような・・・。
「リネンウォーターだ。」
「リネンウォーター?」
あまり聞きなれない単語に、思わずオウム返しをしてしまう。



「ヨーロッパのプロヴァンス地方を中心に、洗濯物のすすぎ水や、
衣服のアイロンがけの際に、芳香剤の一種としてこの水を使うんだそうだ。
勿論、ボディフレグランスや消臭剤の役割も果たすなど、用途は多岐にわたる。
たまたま任務で立ち寄った店に、こういうのがあると教えられて・・・。
この香りならリノアに合いそうだな、と思って買ってきたんだが・・・。」
ボトルのラベルには【cream-heart】と銘打ってあり、
香料の成分はどうやらバニラメインで出来ているらしい。



「あまーい感じだね。私って、こんなイメージなの?」
「多分、空気に触れるともう少しマイルドにはなると思うんだが・・・。」
そういうスコールに、ちょっとおかしくなって笑ってしまった。
「何なんだよ?」
「ううん、ごめん。何だか、スコールがこういうのを選んでくれるってことが意外で・・・。
どんな顔してお店で選んでくれてたのかな〜?って想像するとね?」



しばし眉間に皺を寄せ、不機嫌な表情を作りながらお決まりの台詞を言うスコール。
「・・・悪かったな。」
「でも、嬉しいよ、ありがとう、スコール!」
さっきまでの憂鬱さが嘘のように飛んでいって、心の底からありがとうと思える。
「リノア、あまり香水付けないだろ?俺もそんなにキツイ香り好みじゃないし。
でも、これならいつでも仄かに香っているから、ちょうどいいだろうと思って。」
うんうん、と頷きながらスコールの言葉をきいている私。



「いつでも、この香りが側にあれば、リノアの香りだな、って思えるのもいいし・・・。」
おもむろに、スコールの顔が近づいてくる。
「俺にくれたシャツ、いつもこれでアイロンかけてくれたら、
リノアの香りに包まれていられるんだがな・・・。」
そう言って落とされた口付けは、どんな香りよりも甘く感じた。





Fin



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