ここまできてオアズケできるか




エスタでの国際会議に出席するため、バラムガーデン代表としてSeeDスコール=レオンハートが
エスタ・エアステーションに降り立ったのは、ほんの1時間ほど前のこと。
隣には、黒髪の美しい少女、魔女リノアが一緒だった。


眼前には、幾重にも広がるビルの群れ。どれも人工太陽の光を受け、青く照らし出されている。
エスタ市街を縦横無尽に走るリフターや、はるか彼方に聳え立つ、まるで要塞のような大統領官邸。
いつ、何度渡航しても、この景観には圧倒されるが、決して落ち着くことはない。


いつもは魔女能力の定期検査のため、リノアと共に同行が義務付けられているSeeDとしてスコールが同伴するのだが、
今回の会議の内容は「魔女の保護観察時期・地域の緩和とそれに伴う各国の意見交換」がメインであった。
お互いエスタに来る目的は乗り気でない事の方が多い。
とはいえ、世間一般の偏見の目をなくすためにも、自分たちが盾になって立ち向かわなければいけない課題なのだ。
避けて通るわけには行かない。今回は特別にリノアも証人として会議についていく事となった次第である。



二人はリフターに乗って、1週間滞在予定のホテルへと向かう。
速度が速い割には振動が少ない。最先端の技術を誇るこの国ならではの乗り心地だ。

しばらくすると、一際高い高層ビルが視界に入る。
国内外のVIPの利用が多いとされる、エスタでも最高級の宿泊施設。
リフターを降りるとすぐに正面口だ。自動ドアの前でボーイが柔らかい物腰で出迎える。

「ようこそお越しくださいました。お足元にお気をつけ下さいませ。」

フロントでチェックインを済ませ、最上階に程近いスウィートルームへと案内される。
令嬢育ちであるリノアでさえ、これほどまで格式の高いホテルに滞在する事は中々なかったためか、
上質の絨毯で覆われている廊下を歩きながら、スコールに耳打ちした。

「……すごい高そうなところだよね。いくらくらいするのかな?」
「さあな。一応ガーデン経費で落ちるらしいが。それでも少なく見積もって1泊8万ギルってとこじゃないのか?」
「はっ………はち!?」

途端に用心深そうに歩を緩めるリノアを見て、スコールは苦笑する。

「安心しろ。ガーデンで出せるのはほぼ何割かだ。後はあの”お気楽大統領”が何とかしてくれるらしい。
でないと、俺たちこんなところに泊まれる筋合いもないだろう?」

”お気楽”と陰で言われている男がなんと言ったかどうかは定かではないが、
エスタに来るたびに色々と便宜を図っていてくれるのは正直スコールたちにとってもありがたい事であった。



部屋に通されると、別世界のような空間が広がる。
入ってすぐ目の前に見える大きな窓からは、エスタ市街を一望できる素晴らしい眺め。
軽く70平米を超える広い間取りの中に、ドール産アンティークの調度品が絶妙のバランスで配置されていた。
部屋の一角にある白色のラウンドテーブルには大きな花瓶が置かれていて、その中に活けられている大輪の花からは甘い香りが漂い、
東西の壁には対となる小さな天使のコンソールがあった。センターテーブルにはウェルカムドリンクとグラス、そしてフルーツが並んでいた。


「うわぁ、綺麗………!!」
「どうぞ、ごゆっくりなさってください。何か御用がございましたら、フロントへは内線0番でお願いいたします。」

ボーイが部屋の中に荷物を置くと、お決まりの簡単な説明と台詞を残して出て行った。
それを確認した後、お約束のようにリノアがツインのベッドにダイブする。

「こら、リノア。」
「スコール〜、気持ちいいよ!スコールもやってみたら?」
「そんなガキっぽいこと、できるか。」

むぅ、とむくれるリノアを尻目に、スコールは荷解きをし始めた。
SeeD制服や、パンツなど、皺になりやすいものはすぐにクローゼットのハンガーに掛ける。
貴重品はさほど持ち歩くものはなかったが、ガンブレードが入ったケースだけは別だ。
SeeDとして任務をこなしている以上、いつ何が起こるかわからない。
非常事態に備えてすぐ装着できるよう、旅先に到着したら必ず真っ先にチェックするのが習性だった。

異常がない事を確認し、今度はノート型端末を慎重にケースから取り出す。
デスクに備え付けのアダプターに接続し、電源を入れる。その隣には膨大な量の資料が置かれた。
今日一日は移動日なので、実質上はオフに等しいのだが、ガーデンから入る連絡には随時目を通さねばならない。
指揮官でもあるスコールの悲しき定めである。


そそくさとデスクに居座ってしまったスコールを見て、手持ち無沙汰になったリノアは、自分もようやく荷解きにとりかかる。
慌てて詰め込んできたので、どこに何があるかさっぱりな状態だったが、ある程度必要なものは入れてきたつもりだ。
一つ一つ、ベッドの上に並べながら、すぐに使うものと、日別に使うものをわけていく。

旅慣れていればもっとコンパクトにまとまるのだろうが、ただでさえ外出の自由が利かなくなってしまった身だ。
任務で仕方ないとはいえ、ほぼ1週間スコールと共に行動する事ができる。ちょっとした小旅行と思うと詰め込まずにはいられなかった。


スコールは受信メールを一通りチェックし終わった後、会議初日に使う資料に軽く目を通そうとしていた。その途端。


「あーーーーっ!!」

リノアの素っ頓狂な声にスコールは驚き、何事かと振り返る。
当の本人は、スーツケースから出された荷物にまみれて、ベッドの上で泣きそうな顔をしていた。

「どうしたんだ?何かあったのか?」

すかさずベッドに近寄ると、顔を真っ赤にさせてリノアは言った。

「どうしよう、スコール………。ランジェリーケース………、忘れてきちゃったぁ………。」
「はああ!?」

会議は明日からということはお互いが一番よくわかっている。
今日一日の残り時間で、一緒にデパートに選びに来て欲しいとリノアは懇願した。

(俺がそこへ一緒に行って、どうしろって言うんだ………。)

魔女が外出の際には必ずSeeDが同行せねばならない、という掟をこの日ほど呪わしいと思ったことはなかった。






――――――エスタデパート。
数多くの商店が建ち並ぶショッピングモール内でも別格の気品と品揃えを誇る。
ハイテク技術が発達したエスタでは、コンピュータ導入によるオンラインショッピングがメインのため、
市街東部のこのショッピングモールは他国で見られるような賑わいはない。

ただ、どこの国へ行っても、様々な民族がいるように、生活階級も異なってくる。
上流であればあるほど、忙しい者ほど、自分で選ぶよりも、人に相談して見立ててもらうほうが
納得して購入する事が出来る場合もある。

そういった観点から、オンライン管理がメインのこの国でもしっかりとした対面販売で街の活性化に繋げていく、
というコンセプトを掲げてこのデパートは生き残っている。
実際、軍関係者や、官邸役員、研究機関施設からの注文も多かった。

店内にはクラシカルなリズム。少し明度を押さえた照明が、陳列された各ショップの品物をよりよく見せている。

スコールとリノアは、足早に3階にあるランジェリー専門店を訪れた。
壁一面に広がる、女性の象徴をかたどった色とりどりのディスプレイに、スコールは軽くめまいを覚える。

「おい、リノア。」
「なあに?スコール。」

しっかりと組んだ腕を離すつもりはないらしい。上目遣いでスコールを見上げる。
もう一度考え直してくれ、と言わんばかりの情けない声を出していたかもしれない。
だが、勇気を出すなら今だ。まだ間に合う。後悔したくない。

「俺、エレベーター前の椅子で座って待ってるから。一人で選んで来いよ。」
「なんで?わたしと一緒にいるのが嫌なの?」
「いや、そうじゃなくて………。」

(…………こんな所に入れるか、恥ずかしい。)

右手を額にやり、頭を振りながら盛大にため息をついたその途端。

「いらっしゃいませ。よろしければ、お伺いさせていただきますよ?」

エスタらしい、スカイブルーのスーツに身を包んだ販売員が二人に声を掛けてきた。
艶のある黒い髪は、後頭部にまとめられ、スマートな黒のピンヒールがよく似合う長身の女性だ。
どことなく、キスティスに似通った雰囲気を持っていた。

「い、いや、俺は付き添い……じゃなかった。向こうで待ってますので……。」

慌てふためくスコールを制して、リノアが手を引く。

「やだ!一緒に見て欲しいんだよ、すぐ終わるからさ!ねっ?」
「そうですよ、今では男性のお連れ様も珍しくないですし。
奥の目立たない所にカウンターございますから、そこで座ってお待ちいただければ大丈夫ですよ。」

……奥だって?余計に怪しいだろう、そんなもの。こんな所に男がいるってだけでも警戒されると言うのに。
そんなスコールの心境など知る由もなく、二人の女性が奥へ促す。

「さぁ、どうぞ。」
「ちょっ………!!」
「いいから、いいから〜!」
「…………(勘弁してくれ。)」

スコールはどうにでもなれ、とカウンター席に座り、その長い足を組んで眠るフリを決め込んだ。




―――――女がいう”すぐ”とは一体どれだけの時間を指すのだろうか。
気づけば、リノアが販売員と共に試着ルームに入ってから、ゆうに1時間近くが経過しようとしていた。

リノアはお嬢様育ちの割には、自分の体に対しては本当に無頓着だ。
おそらく、下着を購入するにしても、サイズを測った事すらないのだと思う。
少なくとも、ティンバーで再会してから行動を共にし、先の戦いが終わったあとガーデンで生活をするようになっても、
自分で買いに行ったりしているところを見たことがない。
普段から必要最低限のものはオンラインでガーデンに届くようになっているし、その中にリノアの生活用品として含まれていたはずだ。

……今までリノアの下着姿を見たことがない、といえば嘘になる。
それはあくまで身体機能を補正するためのものではなく、彼女そのものを飾る装飾の一部としてだ。

青白い月明かりが差し込んだ部屋の中に、うっすらと浮かび上がる彼女のボディラインはとても妖艶で。
身につけられた装飾品は、お互いの熱と、時間と共にいつの間にか纏われなくなっていて。
そんな甘美な一時を味わうための、重要なスパイス。それなくしてはリノアの魅力は語れない。

一人で無言でいるうちに、スコールの思考はあらぬ方向へと膨らんでいく。

(………落ち着け、俺。ここでこんな事考えている場合じゃないだろう。)

だが、一度小さく灯された発火点は、導線を伝ってじわじわと深部に潜り込んでゆく。


「お待たせしました。もう少しで、お連れ様出てこられますよ。」


突然思考が分断された。目を開けると、担当の販売員がにこやかにこちらに笑みを向ける。
その立ち居振る舞いが優雅で、今まで血生臭い現場にばかり行かされていたスコールから見ればとても新鮮に見えた。

「すごくお綺麗なラインしてらっしゃいますよね、若くて羨ましいですわ。」

その言葉に、スコールは僅かに微笑む。

数分後、リノアが髪の毛を整えながら出てきた。少し興奮で頬が上気しているのがわかる。
小走りでスコールの隣の椅子に腰掛ける。

「お待たせ!ごめんね、スコール!いっぱい見てもらっちゃった、こんなにちゃんと見てもらえるなんて思わなかったの!」
「そうか。」
「で、なんか全然違うサイズ使ってたんだって、わたし。間違ったの着けてたら、形崩れちゃいますよ、って言われて〜。」
「……そうか。」

反応に困っていると、販売員がくすくすと笑いながら、様々な商品を手にカウンターに戻ってくる。

「お疲れ様でした。そうですね、特に若い方はお胸に張りがあるのでわかりにくいんですけど
年齢と共に体そのものも変わりますからね。お化粧品と同じで、定期的にサイズチェックしたほうがいいんですよ。」

そう言いながら、おそらくリノアにぴったりのサイズなのだろう。
花の刺繍で彩られたデザインや、プリント柄、シンプルなものなど、様々な形が目の前のカウンターに並べられる。
リノアは頷きながら熱心に話を聞いていた。

その中で、スコールは一つのデザインに目が留まった。
大きく胸元が開いて、中央に編み上げのようなリボンがあしらわれている。
身生地はごくシンプルなアイボリーカラーで、上辺に細かなケミカルレースが施されていた。
レース部分は、淡いピンク色で、よく見ると桜の花びらのようにも見える。
これを身に着けたときのリノアの姿を想像してしまい、顔が熱くなる。
スコールは、邪な下心を誤魔化すかのように足を組み替えた。


結局、サイズが合っていないのと、滞在期間中の替えはどうしてもいるということもあって、
リノアは相当数のセットを購入せざるを得なかった。
勿論、それだけの持ち合わせがあるわけでもなく、スコールは仕方なく、といった感じで財布からクレジットカードを取り出す。

「ごめんね、スコール。わがまま言っちゃって……。」
「いいさ、どうせ要るものなんだろ?今度からは忘れるなよ。」
「はぁい。」
「その代わり………。」
「なあに?」
「いや、なんでもない。」

スコールは表向きは憂鬱そうに控えにサインをしていたその時、ふいに一つの提案がひらめいた。

「サイズ合ってないんなら、一つ、着けて帰れよ。」
「え?」

その言葉を聞いていた販売員がすかさず同意する。

「そうですね、その方がお客様のシルエットがより一層綺麗に見えますね。ちょうど胸元も開いているお洋服ですし。」

そういって、さりげなくスコールは先ほど気になっていたデザインのものをリノアに着けさせ、店を後にした――――。




上機嫌なリノアとはうって変わって、眉間に皺を寄せながら一心不乱に前を見て歩くスコール。
自分で提案しておきながら、こんなにも不愉快な気持ちになるとは思わなかった。

ただでさえ普段から露出が多いリノアの服装を忘れていた。
大きく開いた胸元はいつもよりも中央への圧力が増し、悩ましげな陰影を作り出している。
胸位置はより高く、歩くたびにそのきめ細かな皮膚に覆われたデコルテが揺れ動く。

………こんな魅惑を、自分以外の人間に晒す自分が愚かだった。
胸のうちからこみ上げる、黒い感情が大きな塊となってスコールを突き上げていた。





「あー、疲れた!」

部屋に着くなり、リノアは大きく伸びをする。それと同時に、背後からスコールの強い力で抱きしめられた。
思わず、手に持っていた紙袋を床に落とす。

「ス、スコール……?どうしたの……?」

驚きと、戸惑いと。一瞬にして抱きすくめられて、身動きが取れなくなる。
そのまま、スコールは右手でリノアの顎を取り、自分のほうへ向かせるとゆっくりと唇を重ね、口内へ舌を割り入れる。
徐々に深く絡み合う口付けはお互いが貪るように、息をつかせる暇も無いほどに。
日に照らされたスコールの茶髪が頬を掠めてもわからないくらい、リノアはその熱を受け入れ、徐々に浮かされてゆく。
何度受け入れても、この甘さに慣れる事はなく、その都度リノアの鼓動は早くなる。
それは、スコールも同じことで。


ようやくその息苦しさから開放されると、リノアは潤んだ目でスコールを見上げた。

「どうして……?」
「”どうして?”」

スコールは僅かな抵抗が来る事を承知の上で、右手を洋服の中に滑らせて、
さきほど着けて帰ってきた下着のリボンをほどきにかかった。
その途端、リノアの顔に恥じらいと、困惑の色が交じり合う。


「え?え?……ちょっ、ちょっと!スコール!?」


リノアは差し入れた手を制するも、そこにはもう力はない。どうやらスコールの勝ちらしい。
スコールは意地悪い笑みを浮かべた。目の前の獲物は逃がさない、といった獅子のような鋭い眼光にリノアは射すくめられる。

リノアの耳元に息を軽く吹きかけて、低く通る声で刺激する。

「……リノア。あんたを待ってる間、俺がどれだけ想像を掻き立てられて、どれだけ我慢してたか、わかるか?」

リノアはきゅっと目を瞑り、全身に与えられるであろう刺激を想像して顔が火照る。

「帰り際にあんな姿見せられて。ここまできてオアズケはなしだぞ。急には止まれない。」

そう言いながら、柔らかなうなじへと唇を這わせる。小さな喘ぎ声ですら、脳髄まで響くようだ。
リノアにしてみれば、ものすごい言いがかりだろう。
でも、言い返す力はすでになく、微かにスコールの胸元を握り締める。

「ま、まって、スコール………。せめて………。」
「せめて?」

甘えた吐息が、より一層愛おしさを増す。

「ブラインドだけ………下ろして………。」
「……………ああ。」



これからまだ1週間もあるのに。このままだと、マズイ………。
そう思いながらも、スコールは緩やかに白くたゆたうシーツの海へと溺れていった。

部屋の中の甘い香りは、彼女の香りでかき消されてゆく―――――。






Fin




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