クラスメイト〜What shall we do now?〜(3)




今日で18歳になった。
18というと、何だかとてもお姉さんになった気がして、小さいころは何かと憧れていたっけ。
でも現実はまだまだお子様だなぁ、となってみた今、改めて思ってしまう。


…………頭が痛い。瞼も重い。
まだ18年と言う歳月しか生きていないけれど、それでもこんなに悲しいと思って泣いた事は
祖父や祖母が亡くなった時以外、あまりない。


自分が、こんなことで――――人のことを想って涙するなんて、想像だにしなかった。


スコール。
わたしは今日、どんな顔してあなたに会えばいいんだろう?





昨日の晴天とはうって変わり、今日の天気予報は一日中曇りらしい。どおりで朝から窓の外が薄暗いわけだ。
傘を持っていくほどの感じではなさそうなので、余計な手荷物を持ちたくないリノアにとっては好都合だった。

昨晩帰宅した両親は、リノアの泣き腫らした目を見て最初は驚いていたが、
卒業式のあまりの別れがたさに、みんなで泣きまくってしまった、と説明すると安心したようだ。
そのまま部屋に閉じこもり、悲しみの余韻に浸っていても、そう怪しまれる事はない。



今日からいわゆる”春休み”だ。
リノアは来月から幼児教育専門コースがある私立の短期大学に進学が決まっている。
何も予定がなければ、今日一日はゆっくり過ごして、明日から色々新生活に備えて準備をしていこう、と思っていた。
どうせ晩には家族が小さなケーキを用意してくれて、ささやかなバースディパーティを開いてくれるに違いない。

それなのに、昨日の帰り際にスコールから思いがけないサプライズをされた。
誕生日である今日―――3月3日に映画に誘われるなんて。
これって、どう考えても期待してしまう出来事なのに、スコールははっきりとした態度をとってくれなかった。

そもそもわたしたち、付き合っているわけじゃない。
かといって、そんなに親しい間柄………親友と呼べるかと言われると、そうでもない。
一緒に帰って送ってくれる意図もわからない。


わたしはこんなにもスコールのことが”好き”なのに。こんな中途半端な立ち位置じゃ、どうしていいかわからない。






気づけば10時をまわっていた。
朝、スコールから待ち合わせの時間と場所をメールでもらっていたことを今更ながらに思い出した。

『11時半、駅で待ってる。』

なんともスコールらしい、ぶっきらぼうな文面だ。昨日の今日にもかかわらず、ここらへんは女心がわかっていないのか。
気の利いた台詞の一つでも言えたのなら、リノアがこんなに思い悩む事もない。

………そう、全てはコミュニケーション不足なのかもしれない。
今日はスコールの事を色々聞いてみよう。わたしの事も聞いてもらおう。
それで、単なる友達としてやっていけるのであれば、それで頑張るしかない。
自分から言い出せる勇気がないのなら、せめて友人としてでも繋がっていたいから。


クローゼットから四苦八苦して組み合わせたコーディネイト。
今日がもっと暖かくて、晴れていたのなら、先日買ってもらったシフォンプリーツのワンピでも着ようかと思っていたが、
さすがにいつ降るかもしれない曇天模様だ。足元も濡れても大丈夫なものにしないといけない。
そう思い、黒のレースアップブーツに合わせるために、黒の5分丈レギンスとダークグレーのショートサロペット、
そして上からスカイブルーのリブニットパーカーを羽織る。
我ながら少しカジュアルすぎたか、と思ったが、どうせ映画館に行くのだ。暗くてよく見えることもないだろう。
リノアは玄関の姿見で丹念にチェックをした後、待ち合わせの最寄り駅へと向かった。




駅の改札の前でスコールは待っていた。黒のストレートジーンズのポケットに手を入れながら、壁に寄りかかっている。
全身黒のコーディネイトでまとめている姿は、元々引き締まったボディラインをより強調する感じがした。
制服の時もそうだったのだが、意外に筋肉はついていることを感じさせないので割と着やせするタイプなのでは、と思っていた。

エスカレーターを駆け上がってくるリノアの姿を見つけると、スコールは少し前髪をかき上げる仕草をしてから手を挙げた。

「おはよう、待った?」
「いや、さっき着いた所だ。」
「今日はごめんね?誘ってもらっちゃって。」

リノアは昨日の別れ際の暗さを見せないよう、努めて明るく振舞う。何もなかったかのように。

「こっちこそ……急に誘って悪かったな。」

発する言葉のニュアンスが、いつも話すときよりも柔らかい。それだけで、心臓が一つ、大きく跳ねる。
リノアは、どんどんスコールに引き寄せられていってしまいそうで怖かった。




電車に揺られて15分。この近辺では一番の繁華街で二人は下車する。
ターミナル周辺では近年、若者をターゲットとした街づくりに力を入れているらしく、ここ数年で大きなテナントが増えた。
駅直通の百貨店は大規模改装を行い、より充実した顧客層の取り囲み拡大を狙っているし、
近隣の大型ショッピングモールも、相次いで様々なブランドをリニューアルオープンさせたりして街全体の活性化に取り組んでいる。

もちろん、拠点地域ともなれば必然的にオフィスビルも建ち並ぶ。
平日は昼時になれば、そこかしこからサラリーマンがやってきて飲食店に列を成す。

何とか空いてる所を見つけようと、とりあえず入った地下街の中華そばが意外と美味しかったので、
リノアはスコールがいる事も忘れて、一気に完食してしまった。あまりの食いっぷりのよさに呆れられたかもしれない。


その後徒歩で10分ほどしたショッピングモールに足を運ぶ。
最近は映画館が併設された大規模商業施設も珍しくなくなってきており、映画を見終わった後でも
何かしらそこで時間をつぶす事ができる、いわばお金のかからないデートコースにはうってつけの場所だった。


モール内の映画館に着くと、受付でスコールが引換券を渡す。上映時間まではまだ少し時間があったので、
リノアはパンフレットとジュースを買って、待合ホールの空いている座席に腰掛けた。
薄暗くても要所要所の照明が、手元を照らしてくれるので、パンフレットを見るにはほとんど差支えがなかった。

先にトイレに行っていたスコールが戻ってくると、リノアの手元で開かれていたパンフレットを見て眉間に皺を寄せる。
そしてため息をつきながら、椅子に座った。

「あんた……よく観る前にそんなの見るよな。はっきり言ってネタバレじゃないか。」
「え〜?だって。あらかじめ流れ知っておいたほうが話わかりやすくない?最近の映画ってさ、後から”そうだったんだ!”って思うこと多いもん。」

そう言いながらリノアは軽く口を尖らせる。その仕草に、スコールは軽く笑う。
…………やっぱり、からかわれてるんだろうか?でも、その笑顔に負けてしまうわたしが、何だか悔しい。

「観る前に先入観は欲しくないんだ。」
「そんなもんかなぁ。あ、まだ時間あるよね、お手洗い行っておかなきゃ!」

駆け足で女子トイレに入る。全個室使用中だったが、一人待っているだけで、さほど時間はかからないかもしれない。
洗面台の鏡でセルフチェックしていると、リノアのすぐ後ろに同じ年頃とおぼしき二人組が並んだ。

「………カッコよかったね、さっきの男の子!」
「ほんとほんと!背も高いし〜。一人で観に来たのかな?」
「だとしたら、勿体無いよねー。あたし、あんな人彼氏ならずっと一緒にくっついてるけどな〜。」
「声かけてみる〜?」
「え〜?逆ナン〜!?」

二人は他愛もない会話で盛り上がっている。リノアは聞き耳を立てるつもりはなかったのだが、すぐにその対象がスコールだとわかってしまった。

………そうだよね。確かにスコール、すごくモテる顔立ちしてるもの。
それが、どうして彼女の一人も作らずに、こんなわたしなんかを映画に誘ってくれたんだろう。未だにそれだけが不思議で仕方ない。

もやもやした想いを抱えて、リノアはホールに戻る。




―――――映画は面白かった、と思う。
話題の3D映像が一足早く体験できたし、音響効果も凄い。ストーリーそのものもとてもよかった。
館内の雰囲気も清潔感があって、空気清浄機もしっかり完備されていたので、快適性は抜群だった。

他の観客に混じってホールまで出て行くときも、スコールに向かって夢中になって感想を述べていたが、
心の奥底では目に見えない棘が刺さって抜けない、そんな小さな疼きが残ったままだった。


これからどうする、という雰囲気もないままエレベーターで地上階に降り、自然に人通りが少ない、大通りとは反対側の広場に出た。
小さなベンチが数基、桜の木が所々に植えられている。近代芸術の作品なのだろう、鈍く光る胴のオブジェも中央にそびえていた。

空の機嫌は相変わらず斜めのままのようだ。どんよりとした灰色の雲、気分まで滅入りそうになる。
時折吹き抜けるビル風が、二人の体をさらっていく。
リノアは、もう少しスコールと一緒にいたい、と思った。
だから、何も言わずについてくるスコールに少し安堵感を覚える。

(よかった、映画だけ観てそのまま、ハイさよなら!じゃ寂しいしね………。)


スコールはオブジェに寄りかかって、腕組みをした。
普段なら何者をも寄せ付けない雰囲気。でも今日のリノアは違った。もっともっとスコールの事が知りたいから。話がしたいから。
リノアはスコールの前に歩み寄って、後ろに手を組み、足先を地面に擦る仕草をした。

「スコール、今日どうしてわたしなんかを映画に誘ってくれたの?」

唐突な質問に、スコールはやや首をかしげた。わからないのか?とでも言いたげな表情だ。

「言っただろ?誕生日だし………。」
「でも、偶然、って言ってたよ?」

額に右手をやり、大きくため息をついた。その動きに、リノアは少し不満を覚えた。

「何よ、嫌なら誘わなければいいじゃない。」
「………言わなきゃ、わからないのか?」
「言ってくれなきゃ、わかんないよ!」

知らず知らずのうちに、語気が荒くなる。

違う、こんなこと言いたいんじゃないのに。わざわざ言い合うために来たんじゃない。
そう思いながらも、心の中とは裏腹に、天邪鬼な言葉がついて出てきてしまう。
可愛くない、わたし。こんなわたし、みっともない――――。


スコールは唇を噛み締めて、僅かに視線を下に向ける。しばらくしてもう一度リノアに視線を戻した。

「………パンフレットみたいなもんなんだ。」
「パンフレット?」
「先に見ることで感じ方が変わる。実際読まずに観た方が感動が大きかったりする。」
「……………?」

リノアはわけがわからず首をかしげる。
スコールが何に例えて、何を言おうとしているのかが到底見当がつかない。

「……卒業アルバムにしてもそうだ。写真で見たあんたは、心の底から笑っている顔じゃない。
でも、知らないものから見れば、あれが本当のあんただと錯覚してしまう。そんなもんだ。」

「以前、あんたは俺の写真を持っていた…………。まだ持ってるか?」

リノアは、鋭い瞳に見抜かれている。嘘はつけない、そう思い小さく頷いて、そして視線を足元に落とす。

「あれは本当の俺じゃない。演じられたものだ。だから、写真じゃなきゃだめか?って聞いたよな。」
「あ………!」

思い出した。確かにスコールはそう言っていた。でもあの時はその言葉の真意がわからなかった。

「俺は、生身のあんたをもっと知りたいと思ってた。写真じゃない、リノアを。」
「え…………。」


スコールの優しく響く声で胸が震える。これって、そう捉えてもいいんだよね、間違ってなんか、ないんだよね。
気づかないうちに視界が滲む。今にも溢れ出しそうな涙。こらえきれない感情。
どうしたらいいの、この想い、どうやって伝えればいいの。


一呼吸置いて、意を決したかのようにスコールは言葉を紡ぐ。


「……………だから、”今日”誘ったんだ。リノアのそばにいたいから。」


リノアは大きく目を見開いた。そして、ゆっくりとスコールの両袖を掴む。握った掌に力がこもり、まともに顔を見ることが出来ない。
肩が小刻みに震えた。頑張っても頑張っても、喉の奥からの嗚咽が止まらない。
人間は感極まったとき、どうしてこうも何かにすがりたくなるのだろう。スコールの支えがないと立っていられないほどだった。


無言で俯き、泣くのを必死にこらえているリノアを見て、スコールはどうしていいかわからず、ただじっと立っている。

「ダメか?」

「………………バカ。」

「なっ!バカって…………。」

リノアは真っ赤になった顔を上げた。涙で今にも出そうな鼻をすすり、苦笑いを浮かべる。

「バカだよ………。何でこんな所で言うかなぁ。告白って、こう、
もっとロマンチックなシチュエーションで、”好き”とか言ったりしてくれるもんじゃないの!?」

今度はスコールが目を丸くする番だった。リノアの好意に薄々気づいていただけに、こう切り返しが来るとは想定外だったのだ。

「………悪かったな。」
「でも、すっごく嬉しかった…………ありがとう。」

リノアは、掴んでいた袖を離すと、そのまま降ろして今度はスコールの手を取る。大きく鼻をすすって、そして微笑んだ。
くしゃっとした、泣き笑いの顔。それさえもスコールにとっては何者にも勝る笑顔に映ったに違いない。
はにかむ声で、リノアは返事代わりに告げた――――。

「こんなわたしですけど、どうぞよろしくお願いします。」
「ああ、こっちこそ、な。」






―――――ねえ、スコール。
なんであなたがわたしの誕生日を知っていたかなんて、野暮な事はもう聞かない。
だって、最高に嬉しいバースディプレゼントをもらった気分だから。


クラスメイトじゃなくなったけど、これからまた二人で一緒にいられるんだよね。
そう思うだけで、とっても幸せだよ!わたし。



Happy Birthday Rinoa!!

Fin



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あとがき

リノア誕生日記念作、ということですが全然祝ってないような気が・・・(^^;
でもまぁ、最後に幸せにできたので、自己満足です(笑)
ちなみに3月3日の誕生花は桃。花言葉は「あなたに首ったけ・チャーミング」です。
ま、まさにリノアのためにあるような言葉じゃないか〜〜!!!(>▼<)

ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました!



何かございましたらぽちっと。


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