クラスメイト(4)




―――――約一年前。
桜の花が散り始め、青い芽が木々に宿る頃から一人の人物を目で追うようになった。
時に笑い、時に泣き、様々な表情を絶え間なく見せていた少女だった。
自分をごまかすように押し隠していた感情は、日を追うごとに増してゆき、
いつしかそれが本当の気持ちだと気づいてしまった。


季節は流れ、いつの間にか再び春の気配が訪れようとしている。
顔にかかる風はまだ冷たさも残るが、その冷たさも今は心地よく感じられる。


今、スコールは目の前にいるリノアに、精一杯の気持ちを言の葉にのせて伝えたつもりだった。
それなのに、彼女は顔をくしゃくしゃにして、目からは大粒の涙がとめどなく流れている。


なぜリノアが泣かなければならないのか。
泣かせるほどひどいことを言ってしまったのだろうか。
スコールはうろたえながら、自分が発した言葉をもう一度頭の中で反芻してみるも、
これと言ってひどいことはいっていないはずだという結論に達する。


「あの、あのね………。ごめんね。」
「何が?」


泣きながら謝るリノアに、前髪をかき上げながら困った様子で答えるスコール。
傍から見れば、喧嘩して彼女を泣かせてしまった不甲斐ない男にでも見えるだろうか。
それでも一向に泣き止む気配を見せないリノアに対して、スコールはやんわりと言葉を続ける。


「あんたが何に対して謝っているのかがわからない。それよりも……。
むしろ俺のほうが何か悪い事でも言ってしまったか?そうだったらすまない。」

リノアは頭を振って否定した。少し落ち着いてきたらしい。

「ううん。そうじゃないの。嬉しいの………。」
「嬉しい?」
「怒ってると思ってた。勝手に写真持ってたりして。正々堂々としてればよかったのに。
ストーカーみたいで気持ち悪いよね、こんなの。でも、スコール許してくれた……。」
「許すも許さないも……。」


スコールからしてみれば、自分の写真をリノアが持っていたという事を知り、思わず口にしてしまった想い。
それに嘘偽りはなかったと思っている。
ただ、どう伝えていいかわからなかっただけだ。


「あの。この際だから、ちゃんと言っちゃう。だから、聞くだけ聞いて欲しいの。
勝手な私の気持ちだから。別に、同情とか、そんなのいらないから。」

まだ涙で潤んでいる瞳を、まっすぐにスコールに向けるリノア。
不覚にもその表情を見た瞬間、スコールの心拍が早くなった。小さく息をのんで頷く。


「わたしね、スコールと同じクラスで、委員になれて、ほんとは嬉しかったんだ。すっごく嬉しかった。
でもクラスメイトなのに、ほとんど話せなくて残念だなって思ってた。
卒業したら、はなればなれになっちゃうな、寂しいな、って。
これから先は何にも繋がりがなくなっちゃう、だからせめて写真だけでも持っておきたいって……。」

リノアは必死で自分の考えを口に出していた。スコールはそれを黙って聞いている。
時折両手の指を絡ませて、動揺を悟らせまいとしている姿がより一層ぎこちなく見える。

スコールがリノアを想っていたように、リノアもスコールの事を少なからず想っていてくれた事。
今の台詞からその事実がわかっただけでも相当嬉しい事なのに、
相変わらず表情を表に出さない癖が染み付いていたおかげで、スコールは妙な照れを出さずに済んだ。


リノアは一息つき、口を真一文字にきゅっと結ぶ。形のいい艶やかな唇から、ゆっくりと次の言葉が発せられる。
スコールはその表情に自然と見とれてしまっていた。

「だから、スコールがどういう考えで、さっきみたいな台詞言ったのかは正直ちょっとよくわかってないんだけど……。
でも、そう言ってくれたこと、すごく嬉しかったよ、ありがとう。
怒ってると思っちゃったから、本当にほっとしたんだ。だから気が緩んで泣いちゃったんだ、ごめんね。」
「……は?」

リノアの話を聞いているうちに、何かが違う、と胸の奥底がざわついた。
小さく開いた口をそのままに、スコールはまじまじとリノアの顔を見つめる。

スコールの本音が遠まわしすぎたのだろうか、それとも、肝心のことを敢えて避けて話したからだろうか。
リノアの言葉からは、どうもスコールの想いははっきりとは伝わっていないようにも思えた。
自分の気持ちを吐き出せた安堵感からか、リノアは泣き笑いの後の、妙にすっきりした表情をしている。

(…………ちょっと待てよ。それって、ひょっとしてわかってないんじゃない、のか?)

そう思ったら急に可笑しく思えて、スコールは小さくふきだす。
リノアは思わずきょとんとした顔をする。


「え?え?何?わたし、ヘンなこと言っちゃった??」
「いや……。あんた、結構面白いな。」
「え?わたしが?何が?」
「なんでもない。――また、明後日の委員会終わったら一緒に帰るか?」


すんなり口をついて出た台詞。リノアの顔は、今度は驚きでいっぱいになった。


「えっ!?ど、どうして………?」
「どうしても。俺がそうしたいと思ったから。またメール送る。いいか?」
「いっ、いいけどっ!!」


ほんの些細なきっかけで、二人の距離が一気に縮まった気がした。だが、それはまだスタートラインにしか過ぎない。
自分たちがもう少し近づくためには、まだまだお互いの事を知る必要がある。
焦らなくたっていい。これからゆっくりと歩み出せばいいだけの話なのだから。


スコールは彼女の事を身近に感じてみたいと、この時はっきりと感じた。
それでもこの気持ちをストレートに伝えるには、まだ時期尚早な気がした。


「行こう。」
スコールが再び歩み始める。
リノアは納得いかない様子で、でもどことなく嬉しそうにスコールの後をついて行く。


スコールとリノアが親しくなるのは、後もう少し先の話―――――。








fin




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