俺と離れるのが寂しくないのかよ







テレビの中では厳かではありながらも華々しく、人々や街の様子が映し出されていた。
誰も彼もがその瞬間を待ちわび、狂喜乱舞する。
一日としてその境目は違った事はないはずなのに、その魔法に人は酔いしれる。

まもなく新しい年の幕開け―――。




「では、カウントダウンっ!!10!9!……」
司会者がマイク片手に握り締め、もう片方の手を振り上げ秒読みを始めた。
残り10秒。普段過ごすにはあまりにも短すぎて見過ごしてしまいそうな時間。
それでもこうして言葉に出して数えると、何と長く感じる事だろうか。

「………3!……2!…1!新しい年が始まりました!おめでとうございます!」

画面の向こうではクラッカーの鳴り響く音と、頭上に打ち鳴らされた花火に喜びを表す人たちの笑顔。
時には肩を組み合い輪になって踊ったり、ビールやシャンパンを頭からかける者もいたりと
まさに今この瞬間を皆で祝いあおうという様子が見てとれる。
深夜の街を闊歩する若者たちの姿をリノアは独り、バラムガーデン女子寮の自室で眺めていた。



冷暖房が完備されているガーデンとはいえ、深夜になれば節電モードに入るため室内温度も自然と低く設定されてしまう。
日付が変わる前から徐々に下がり始めた温度に対応すべく、
リノアはベージュのアーガイル柄のショールをパジャマの上から羽織った。
それでも少し寒く感じたので、ルームソックスの上に重ねるようにグレーのレッグウォーマーを履く。
女子は色々と冷え対策が必要なんだよ、とスコールに説明していた自分を思い出してくすりと笑う。



日付は過ぎた。でもまだスコールからの連絡がない。だから寝てしまうわけにはいかない……。
そう思いつつ、リノアはテレビの前から離れて棚の中から使い捨ての紙コップとルイボスティーのティーバッグを取り出した。
カップを使うと洗うのが面倒だし、第一この時間はお湯が中々出ないのでつめたい水ですすぐなんてもっぱらごめんだ。
ティーバッグを紙コップに入れ、保温ポッドから湯を注ぐ。立ち昇る湯気に少し暖かみを感じた。
カップの中には赤茶色の渦がゆっくりと染み渡っている。
砂糖はいれずに、そのまま両手で暖かさを確保しながらひとくちすすった。
「……やっぱり甘いほうが好きかな、わたし。」


ひとりごちていると、デスクの上に置いてあったリノアの携帯電話が着信音と共に震え出す。
ビクッとしつつも、リノアは慌ててカップをデスクの上に置き、携帯電話のサブディスプレイを確認する。
確認しなくても着信音でわかるのだが、確かめずにはいられなかった。


黒いディスプレイに白く点滅する”SQUALL”の6文字。
小さなドットランプが青く小刻みに光るのも、スコールからの着信にしか設定していない。
はやる気持ちを抑えながらリノアは通話ボタンを押し、耳にそっと近づける。

「……もしもし?」
「…リノア?」

若干風音が混じるが、クリアに聴こえてくるスコールの声にリノアの心拍が早くなる。

「新年おめでとう、スコール。」
「あぁ、少し遅くなったな…。新年おめでとう。」

隣にいなくてもいつも護られている様な、そんな感覚さえする低く冴えた声。
彼は今この寒さに凍えていないだろうか。今すぐ飛んでいって手を取って暖めてあげたい。
そんな事を思いながら、スコールとの新年の挨拶を交わし、少しずつ電話越しの会話を楽しむ事とした。


今、スコールは任務でデリングシティにいた。新年早々に開かれる政府主催官邸パーティの護衛主任を任されていたのである。
年が変わる数日前から打ち合わせも兼ねてデリングシティに滞在の予定だったため、
ガーデンで一緒に年越しする事は叶わなかったが、せめて声だけでも聞きたい、というリノアの頼みをスコールは聞き入れた。
SeeDとはいえ、まだ未成年でもある彼はバラムの法律でアルコール類を摂取する事はできない。
故に、ことある毎に勧められるワインやシャンパンを断りつつ業務を遂行してきたので割と素面で新年を迎えていた。
それはあくまでもバラム時間で、である。


デリングシティとバラムには数時間の時差がある。もちろん地図上東側に位置しているバラムの方が数時間早く日付が変わる。
スコールがいる場所ではようやく夜の街に活気が出始めてきた頃だと言う。
新年に切り替わる瞬間をまだかまだかと待ちわびた人たちが、
ニューイヤーパレードが行われる凱旋門の下に続々と集まってきており、警備員も慌しさを増している。
更に沿道のあちらこちらで街灯に登って騒ぎ出す若者まで出ている始末らしい。


「…まったく。何で担当エリアじゃないのに俺たちSeeDが駆り出されるんだ。」

電話の向こうでスコールがぼやく。
あまりの事態に警備の人手が足りなくなり、やむを得ずパーティ護衛陣から臨時で数人が騒動沈下のために
寒空の中に放り出されたことに対する怒りが露わになっている。

「まあまあ。たまにはいいじゃない。だって、一年に一度なんだよ?当たり前だけど。」
「毎年毎年こんなことでバカ騒ぎされたら、こっちだってたまったもんじゃないぞ。」
「でも、毎年スコールが警備しにいくわけでもないんだし。今回は偶然だよ、きっと。」
「そうだといいけどな………。」

スコールが盛大なため息をついているのがわかる。
きっと額に手をやりながら、軽く頭を振っているのだろう。
相変わらず眉間に皺を寄せながら。スコールがよくやる癖の一つだ。
姿かたちが目の前になくとも、いともたやすく想像できてしまう。
そんなスコールがいつも以上に愛おしく思えて、リノアは思わずふふっと笑ってしまった。
僅かな笑い声に反応して、スコールがいぶかしげに聞いてくる。


「…なんだよ。」
「…ん〜ん?別にい。」
「そっちはどうだ?変わりないか?」
「うん。キスティスが当直で忙しい以外は、みんないたって普通だよ。セルフィもアーヴァインも任務でいないし。
ゼルも明日…あ、今日か。年はじめにしか出ないパンがあるから、それに並ぶために早起きしなきゃいけないから早く寝るんだってさ。そんな感じ、かな?」
「あいつも……相変わらずだな。」

近況報告も兼ねながらの会話で、スコールが微かに笑う。
彼が仲間内の話題で笑う事なんて滅多にないから、リノアは少し嬉しく、そして切なくなった。


「どうした?」

リノアの僅かな声の変化に気づいたのか、すかさずスコールが訊いてくる。


――――やっぱり寂しい、とリノアは思った。
隣にいない事がこんなにも寂しい事だなんて。
任務だってわかってはいるけれど、こうして電話越しの声を聞くとより一層その想いが強くなる。
(いつからわたしはこんなになっちゃったんだろう。スコールがいなくてこんなに弱くなった?)


リノアは無意識に胸元のリングに手をやる。
スコールのようにいつもいつでも強くありたいと望んでいた、あの頃と今とでは一体何が違うというのだろう。


今ではスコールの優しさを知ってしまった。
いつでも自分に向けられているあたたかな眼差し。抱き寄せて、包み込んでくれる体のぬくもり。
流した涙を拭い去ってくれる大きな掌、長い指。慈しみにも似た、かけられる言葉の数々。

これから先、会えなくなる時が突然やってくるかもしれない。
それはもっと先かもしれないし、もしかしたら明日なのかもしれない。
危険と隣りあわせで生きているスコールのそばにいる事を選んだその瞬間から
覚悟は出来ているはずなのに、やはりその時が来る事をどこかで恐れている自分がいて。


「スコール……。」


自然とか細くなっていた自分の声に、思わずリノア自身が驚いてしまう。
きっと、スコールの呼びかけからほんの数秒しか経っていないのだろう。
数十分ほど前、テレビを見ながら思っていたカウントダウンと同じくらいの長さ。
客観で見ると一瞬の長さが、主観で見るととてもとても長く感じられる。

切り裂くような風音が俄かに弱まったと同時に、スコールが電話の向こうで小さく息を吸い込んだ。

「……わかってる。俺も同じ想いだ。」
「え?」
「どうせリノアのことだ。また寂しくなったんだろう?」
「……ちっ、違うも……っ!」
「違うのか?」
「………う。そ、それは………。」
「俺と離れるのが寂しくないのか?」


顔を真っ赤にさせながら、リノアは言葉を詰まらせる。
スコールが言った事は図星なのだが、その事を認めるのは恥ずかしい。
それよりも、自分が寂しいと思っていたのと同じようにスコールが思っていてくれている…その事実がより一層リノアの心拍数を跳ね上げた。
スコールがくつくつと笑いを堪えているのがわかる。悔しいけれど、またやられた、らしい。


リノアはずっとつけっ放しにしてあったテレビの電源を手元のリモコンでオフにした。
スコールからの着信があった時点で音量を最小に切り替えていたのだが、
こういう台詞の後に続く会話の最中に、画面が気になって仕方ないと思ったから。


そのまま、カップの中の冷めてしまったルイボスティーを一気に喉に流し込む。
肩にかけてあったショールを椅子の背もたれに無造作にかぶせ、
ベッド脇に置いているアロマランプのスイッチを入れた。
わずかな電子音と共に中のオイルと水が混ざりながら、ほどなくして白い楕円形の上部から細かいスチームが出てくる。
そして、部屋の電気を消す。

アロマランプによって仄かに青白く照らされたベッドに向かいながら
リノアは携帯電話の向こうにいるスコールに何といって反論しようか、言葉を選んでいた。

足先からそっとベッドにもぐりこみごそごそと布団を肩まで引き上げていると、またスコールから呼びかけられる。

「リノア?もう寝るのか?」
「ん…。わかんない。でも今、ベッドに入ったところ。」
「それ、もう寝る準備じゃないか……。」
「えへへ。だって、寒いんだもん。」

俺だって、寒いぞ…と心の中でつぶやいている姿を想像して、同じくリノアは心の中で舌を出してごめんね、と言い訳した。


「肩出して、冷やすなよ。」
「うん、大丈夫。」
「ちゃんと布団かぶれよな。」
「大丈夫だってー…。スコール、お母さんみたい…。」

ベッドに寝転んで会話をしていると、どうしてこうも眠気が急に襲ってくるのだろう。
リノアの声のトーンが明らかに変わっていくのがわかるらしい。再度スコールは困りながら笑いをこらえているようだ。

「スコール…今年も、よろしくね?」
「ん?…ああ、こっちこそ、な。」
「うん…。もう、眠くなってきちゃった……。」
「そうか…。ゆっくり休めよ。」
「うん、おやすみなさい…、スコール。」
「おやすみ。リノア。」


どちらから切るのか、リノアがためらっているうちに、スコールが通話を終える音がした。
ツーツー…という無機音に少し寂しさが募ったが、リノアも追って携帯電話の電源ボタンを一回押す。
それでスコールとの通話終了、だ。

ずっと左耳に添えていた携帯電話を持つ左手は、すっかり冷えて冷たくなっていた。
リノアは電話本体をぱちんと折りたたみ、枕元に置くともう一度全身を布団にしっかりとくるませる。
部屋のエアコンはいつの間にかタイマーが切れていたらしく、部屋の中が徐々にひんやりとした空気に変わっていた。

「寂しくないわけ…ないじゃない。」
暗くても、アロマランプの仄かな明かりでうっすらと見える天井を見つめながら、リノアは思わず呟いてしまう。

もう少し……数日後にはスコールは帰還予定だ。
それまでは我慢して、この寂しさに耐えようと思っていたリノアだったが、やはり愛しい声を聞いてしまった後は辛い。


(……頑張れ、わたし。ここからがスコールに会えるまでのカウントダウンなんだからね!)


リノアはぼんやりとそんな事を思いつつ、ラベンダーアロマの香りに満たされ自然と深い眠りへと堕ちていった―――――。







Fin




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