代償



何の因果でこうなったのか…。
自分の気まぐれをこの時ほど恨んだ事はなかった―――。






重厚な扉を開くと、カランカランと鳴り響くウェルカムベルの音。
店内はワインカラーのほのかな明かりで照らされ、まだ本格的な夜が訪れていないにもかかわらず
既にカウンターの席はほぼ埋まっている状態だった。



「………ぶっ。」
「……くくくっ……。うっ…。」



店内に入るや否や、目的の人物を見つけると笑いを隠し切れなくなったのか、
それでも必死にこみ上げる可笑しさを押し殺そうとしている二人。

一人は外ハネのブラウンヘアーが印象的なバラムガーデンの元気印・セルフィ。
もう一人は、額からこめかみにかけての刺青が目立ちながらも”物知りゼル”の異名を持つ少年。

二人ともこの辺りでも名の知れたいっぱしのSeeDである。


「…あ、あかんて!ゼル…。そんな笑ったら………ぐふふふ〜っ!」
「っ、………なんだよ!セルフィこそ………っひー、腹いてえ………。」

セルフィとゼルは目に涙を浮かべながら、お互いに注意を促す。これでも一応”彼”に気を遣っているらしい。




二人に笑われていた対象の人物が、ゆっくりと歩み寄ってくる。
眉間に深く皺を寄せて。額にはくっきりと斜めに走る傷跡。心なしかこめかみに青筋が立っているようにも見える。


「……………どこに座るんだ?」
そう言いながら、今まで誰も見たことがないような鋭い眼光で客を睨み付けるウエイター。
彼こそが、知る人ぞ知るバラムガーデンが誇る最強の衛兵、SeeDスコール・レオンハートその人であった。


白いカッターシャツは綺麗にアイロンが当てられており、チャコールグレーのベストによく映えている。
腰から足首にかけて同色の前掛けエプロンを垂らし、普段の脚の長さがより一層強調される感じになっている。

傍目から見れば、若い女性客など一目で恋に落ちそうな端正な顔立ちなのに、立ち居振る舞いは横柄そのもの。
右手で持つトレイは肩の上に担がれるような格好になっていて、その上に氷水の入ったグラスが乗っている。
左手は腰に当てて、さも不愉快だといわんばかりの視線を二人に向ける。


「あ、い、いや、別にスコールのこと笑ってるわけじゃ……ねえぜ?………ぶ、くくっ………。」
「そ、そうやで〜〜!スコール、えらい似合ってるって〜〜!くくくく………っ!」
一向に笑いが収まらない二人に対して、業を煮やしたスコールは大きな音を立ててグラスを近くの空いたテーブルに置く。
グラスが置かれた瞬間大きく水がはね、テーブルにこぼれそうな程の勢いだった。
「お前ら………、ここに座れ。」


セルフィはようやく落ち着いてきたのか、大きく息を吸い込み、ふーっと吐き出す。


「何か不機嫌やなぁ、スコール。やっぱりその格好はあかんかったか?」
セルフィの一言にすかさずスコールが反論する。
「………当たり前だろ。」
「だってなぁ?俺らが言ったわけじゃねえよな?文句ならここのオーナーに言ってくれって!」
二人は顔を見合わせ、うんうん、と大きく頷きあう。


(俺だって、好きでこんな格好してるわけじゃないぞ!!)
無言の言い訳は二人には通用しなかった。






―――――きっかけはささいな気まぐれであった。

ドールでの任務を予定よりも数時間早く終えたスコール・ゼル・セルフィの三人は、
沿岸に泊めてある高速移動船に向かう間、市街地にあるパブの前を通りかかった。


…ここのパブのオーナーはドール、いや、ガルバディア大陸の中では一二を争うカードゲームの実力者。
スコールは先の大戦の際に、オーナーにカードで競り勝ち、レアアイテムを手に入れていた。


当時は世に出回っているカードをフルコンプリートすることに躍起になっていた為、
じっくりとオーナーの話に耳を傾けていたかどうか、記憶が定かではなかった。
おそらく身の上話や、過去の栄光など色々語られたのだと思うのだが、今となっては記憶の彼方に葬り去られていた。


そんな記憶の片隅に引っかかっていたような、心残りのようなものが、パブの前を通り過ぎたときに湧き出てきた。
スコールはふと、パブの前で歩みを止める。
残りの二人は何事かといった様子で、スコールを振り返る。
「どうした?スコール。早く行っちまおうぜ。」
「あ、いや…。二人とも、先に行っててくれないか?ここのパブのオーナーと…、久しぶりに会ってみたいんだ。」


普段のスコールなら、例え長引きそうな任務であってもガーデンに残してきた最愛の彼女の為に
どうにかこうにか時間を短縮してまで早く切り上げようとするのに、
珍しく早く終了した任務にも関わらず、さっさと帰らずにこうして寄り道をするのは珍しい…と二人は思った。
それと同時にどんな用事なのか一気に興味が湧き、セルフィなどは既に好奇心の域を超えるほどの反応を示していた。

「なになに?リノアを放ってまで気になる事〜〜?うちも気になるわぁ〜〜?一緒について行っていい?」
「お、なんだよ、スコール。俺ら仲間じゃねえか〜!一緒に行ってやるよ。」

その目の輝きを見て、スコールはため息をつきながら盛大に頭を振る。
(大したことじゃないんだがな…。)


「ほんの気まぐれなんだ。久々に手合わせもしてみたいしな。」
この一言で、二人にはカード勝負のことだと察しがついた。
「なるほどねぇ〜。頭に超がつくほどカードバカやもんな、スコール……っ!ったあ〜〜!グーで殴らんでもええやん〜〜!!!」
今しがた叩かれた頭を抑えながら涙目で抗議するセルフィを無視して、スコールは店内に入る。
ウェルカムベルの音が店内に響き渡り、オーナーがあの頃と変わらない雰囲気で若い客を出迎えた。




「……君は、あの時の…。いやぁ、懐かしい。いらっしゃい。」
「どうも。ご無沙汰してます…。」
気さくに右手を差し出すオーナーに、スコールは少し照れながらも歩み寄り、硬い握手を交わした。


昔のようなとがった態度で人に接する事が少なくなったスコール。
傍から見ればまだまだぶっきらぼうな話し方なのだが、身内から見ればその変貌はあからさまにわかるほどだ。
本人はむろん無自覚なのだろうが、そこは彼の恋人の徹底した教育の賜物なのだろう。


「あの時の負けたショックは正直大きかったが……今思えば君に負けた事で、私も勝ちへの執念の呪縛から解かれた気がするよ。」
オーナーは思わず本音をこぼした。目の前の少年に対するまなざしは、温かく見守るような感じであった。


「……ところで、今日はここへはどういった用事で来たのかね?」
「ドールに任務で来たのですが、帰還まで少し時間があるのでたまにはオーナーとカード勝負も一興かと。」
「ほう…。なるほどね…。」
オーナーの目に微かに闘志の色が宿る。
「ならば見せたいものがある。2階の私の部屋に来てくれないか。」
そう言って、スコールについて来るように促す。セルフィとゼルも興味本位で後についてゆく。



2階のプライベートルームに足を入れたのは久方ぶりだ。以前と変わらぬ雰囲気。相変わらず色々な物が置かれている。
「君に見せたいのはこれだ。」そう言って、机の引き出しから小さくて薄い箱を取り出す。
四隅に金メッキが施されているがその輝きは見たところまだ新しい。つい最近作られたものと想像できる。

オーナーはそっと蓋を取り、こちらに中身が見えるように向きを変えた。スコールが息を呑む。
「…………これは!!」
「ほう、このカードの存在を知っているのかね?」
さも満足、といわんばかりの表情を見せるオーナーに、スコールは言葉を失う。
「………これを……どこで?どうして手に入れたんですか?」
「私が無理を言ってね、半年ほど前に例の画家に頼み込んで描いて貰ったんだ。勿論プレミア物だよ?
君が持ってるレアカード5枚分…………いや、10枚分くらいの価値はあるんじゃないのかい?」


スコールはただ口を開けて目の前の箱に丁寧に仕舞われているカードを見つめるばかりだった。
オーナーの言うとおりスコールは、つい最近希少価値の高いレアカードが一枚誰かの手に入った、という情報を得ていた。
ただ、どこの誰かという事どころか、本当に存在しているのかと疑いたくなるくらい、そのレアカードについての情報が少なかったのである。
セルフィの情報収集能力を持ってしてもその所在を突き止める事ができなかった、まさに幻の一枚ともいえるカード。
それが今、スコールの目の前でまるで光り輝く存在感を醸し出していた。


「欲しいかね?」
わかりきったことを言う、とスコールは心の中で舌打ちをした。
そんなスコールの表情を読み取り、上機嫌になるオーナー。からかい混じりの声音でたたみかけるように挑発してくるのがわかる。
「勿論、ただではやらんよ。」
「やはり勝負……ですか。」
「まあ、今日の私は負ける気はしないがね………。」
口端を少し上げ自信満々のオーナーに、スコールは売り言葉に買い言葉ではないがカード勝負を受けて立つことになった。




決戦の火蓋が切って落とされた。お互いカードに関して言えば百戦錬磨の手練である。
周りから見れば、勝負は長引く事は目に見えていた………が、例のカードを見たスコールの動揺が僅かな隙を生んでいた。
そこにすかさずオーナーが切り込む。
「………………っ!!」
ウォールセイム。スコールの完敗だった――――。



あまりにあっけなく勝負がついてしまったものだから、傍で観戦していたセルフィとゼルは呆気に取られる。

「……え??」
「スコール………。お前、負けたのか?」

不機嫌な表情があからさまに出ているところを見ると、紛れもなくスコールの負けらしい。
「えええ〜〜!?めっずらしい!!スコールが負けるなんて、なぁ?ゼル!」
「………俺だって、負ける事もあるさ。」
「でもよ、負けたらカード取られちまうんじゃねえか?今のルールはワンだったから、まだ被害は一枚で済むけど…って、おい。」
ゼルもそこまで言って気がついた。肘で隣のセルフィを小突く。
「…あっちゃ〜。」彼女も気づいたようだ。

ランダムハンドルールであったため、手持ちの中で一番強いカードがリノアのカードだったのだ。
このままいけば、間違いなく取られる一枚のカードはそのリノアになるだろう。
たとえカードであっても、リノアを取られることだけはスコールにとっては許しがたい事。
そう考えると、スコールの不機嫌な表情の理由も理解できる。




――――スコールは恥を忍んでオーナーに懇願した。
「………わかった。今回のそのレアカードは諦める。だが、勝負に負けた事も事実だ。
本来なら好きなカードをとられても俺が文句を言う筋合いはない。しかし、リノアのカードだけは………取られたくないんだ。
その代わり、あんたが好きな事を命令してくれれば………時間の許す限りその期待に沿おう。それで……どうだ?」
苛立ちの感情が露になったのか、先ほどまでのように落ち着いた口調ではなく、いつもの横柄なスコールになっていた。



スコールに勝利できた事でよほど嬉しかったのか、ほくそ笑むオーナーはスコールにとってとんでもないことを要求した。

「そうだな………。では、今から君たちが帰る時間までだね。ここでウエイターの手伝いでもしてもらおうかな?」
「ウエイター!?」
「そうだ。ちょうど今日アルバイトで雇った青年が体調を崩して休んでてね。人手が足りなくて困ってたんだよ。」
「なんで、俺がそんなこと………。」

自分から言い出したにも関わらず、不利な条件はのめないという事か。
それでも、目の前の少年の青さは、オーナー自身もよく理解できた。かつての自分もまた、若かりし頃は同じように生きていたのだから。
ただ、勝負の世界は甘くはない。男に二言はないはずである。

「さて、これが君の着る作業着だ。控え室は勝手に使ってくれていい。勿論、接客もしてもらうよ。
色々と訓練を積んでいるSeeDならば、これくらいの任務は朝飯前じゃないかね?」
オーナーはテキパキとスコールに指示を出していく。



―――――結局、折れざるを得なかった。
気まぐれなんておこすもんじゃない………。
スコールは自分のとった行動をひどく悔いていた。






かくして、パブの即席ウエイター・スコールの誕生となり、この場面となっているのである。




(………あいつら、ガーデンに帰ったら覚えてろよ………。)
隠し持っていたガンブレードを握る手に、無意識に力がこめられた。



しかし、ガーデンに帰還するや否や、”先手を打っていた”セルフィからカード死守の話を聞かされた恋人のハグハグ攻めにより、
その復讐は果たされる事はなかったのである―――――。







Fin




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あとがき

Crimson sky」の火神さんが描かれたイラストを元に妄想SS描けますー!って某チャット会で墓穴を掘ってしまい(^^;
立派なウエイタースコを描いていただいたにも関わらず、小話どころか
思いっきりダレダレ&ラブ度も何もあったもんじゃない作品に仕上がってしまいました(−−;
あぁ、もう金輪際言いません、ごめんなさい、ごめんなさい!
素敵な火神さんのイラストでお口直しして下さい!是非!

そして、「Regress or Progress?」のさくらさんも、同じく火神さんのイラストからウエイタースコSSを書かれています!
こちらは私の駄文と違い、本当に素晴らしいです!是非足を運んでお読み下さいませ〜〜!!




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