Do you value usually or special?







先ほどから繰り返し部屋の中で聴こえているハミング。
その楽曲は、彼女の母親の持ち歌でもあり、一躍大スターに持ち上げられるきっかけともなったもの。
朝から何度も何度も聴いている内に、脳内で勝手にリピートされ、トイレに行くときも頭の中から離れないから困ったものだ。

書類の整理がひと段落ついたところで、大きく伸びをし、いつもの定位置にいる彼女に視線をやる。



「…なぁ。」
「なぁに?」
「さっきから…というか、前から聞きたかったんだが、あんた一体何してるんだ?」



たまりかねた俺はついに、数時間疑問に思っていたことを口にした。



「何って…。言うの〜?」
「…いや、別に、見ればわかるんだが…。」
「ならいいじゃないー。」
「そうじゃなくて…。」
「だからー、見ればわかるんでしょ?」
「俺が聞きたいのはそんなことじゃなくて…。」



……一体、何のために今、そこで”そんなもの”を作ってるんだ?



かなり怪訝な表情をしていたのだろう。
ベッドに腰掛けながら、一生懸命”作業”を続けていた彼女はそんな俺を見てくすくすと笑う。
まるで大輪の花のような、俺を惹きつけてやまない笑顔。



「言ってくれなきゃ、わからないよ?」



過去何度、この台詞を言われたことか。
であった頃の突っかかってくる刺々しさは今はなく、優しく子供をなだめるかのように問いかけてくる。
そうは言われても、慣れないものはやっぱり慣れない。
十数年間、他人に対して壁を作り続けてきた結果がこれだ。そう簡単に変われるもんじゃない。



そんな俺の心境を知ってか知らずか、彼女は再び”作業”に没頭し始める。





―――なぁ。
俺、そういうことにあんまり敏感じゃないけど。
でもあんたが楽しそうにやっていることはとてもよく理解できる。
それくらい俺にだってわかるんだ。
ただ、今なぜ”それ”なんだ?
そんな理由、わかるわけないだろう?




あまりに集中しすぎている彼女の邪魔をしちゃ悪いと思い、俺も買ってそのままにしていた雑誌に手を伸ばす。


…………。

………………。

…………………集中できるか。

ただでさえ少ない休暇なのに。やっと二人きりになれたのに。
こうして同じ部屋に二人だけしかいないのに、何で別々のことやってるんだ?俺たち。


残り少なくなっている理性を必死に保とうとしている自分自身が可笑しく思える。
なぜだろう。こんなにも鼓動が早いのに、動こうにも動けない自分。
クールなふりを装って、でも昂ぶる想いは抑えられそうになくて。
……いつも自分からぬくもりや言葉を求めて抱きついてくるくせに。
何で今日に限って、そんなことばかりやってるんだ?
俺の部屋じゃなくたって、出来るだろ?
二人でいること………退屈なのか?



……可笑しいよな、全部口に出して言えば解決するようなことばかりなのに。
言葉にするの……苦手なんだ。




気づけば椅子から立ち上がり、おもむろに彼女の右隣に腰掛けた。
動きが見えた瞬間、彼女の体がぴくりと反応したが、目線は相変わらず手元に向けたままだ。
言いようのない焦燥感に駆られていく。
彼女の後ろに左手をつき、自然と体を傾けていく…その瞬間、彼女の動きが止まる。

「時間が、ないの。」
「は?」

思わず近づけた顔の位置が元に戻ってしまった。…何だって?




彼女はむぅ、と軽くむくれながら上目使いで俺を見上げる。
本気で怒っていたり、拗ねていたりはないようだ。

「今日中に仕上げたいの、コレ。」

と言いながら、赤い”ソレ”を俺の目の前に掲げてみせる。




………彼女は朝から編み物をしていた。
おそらくマフラー…なんだろうな、多分。
見た目は一見それっぽいけど、なにせ彼女が編んでいるものだ。悪戦苦闘の跡がここかしこに目立っている。
せっせと二本の棒を操り、一本の毛糸が瞬く間に形を変えていく様を見ていると
どうしてそんなに「今日」という日にこだわるのかがどうでもいいように思えてくる。


それでも、先ほどから抱いている疑問はまだ心の中でくすぶったままで。
俺はついに勇気を振り絞って口に出して問う。


「何で、そんなに急いでるんだ?今日何かあったか?」


彼女は再び手を止めて、口の端をぐっと引き上げて本当に楽しそうに笑みを浮かべるのだ。
ちらりと壁にかかったカレンダーに目をやる仕草も愛らしい。


「だって、今日は11月27日でしょ?だから。」
「………???」
「だから、今日中に渡したいから。せっかくスコールと一緒にいるのに…寂しい思いさせてごめんね?」
そしてまた、自分の世界へと没頭していく。



余計わからなくなった。11月27日が何だって?何かの記念日だったか?



彼女が少し前から、俺のために何かを作っているのは知っていた。
隠して作るには時間がないと悟ったのだろう。
眠る暇も惜しんで、こうして二人でいる僅かな時間さえも犠牲にしてまで
今日という日に間に合わせることにこだわっていたのが、今わかると更に不思議だ。



いくら世間の恋人事情に疎い俺でも、クリスマスやら誕生日やら、何かしらの記念日にプレゼントを贈りあう、ということは知っている。
彼女と知り合って、いつからかそういう関係になっていた俺たちも例外ではないだろうと思っていた。
実際、出会ってから初めて迎えた俺の誕生日でも、彼女は精一杯考えて俺へのプレゼントを用意してくれた。
その気持ちがとても嬉しかったし、こんなにも落ち着かないものなのか、とさえ思った。



俺も、自分が感じた気持ちを彼女に味わってもらいたいと思う。
でも彼女の誕生日はもっと先…、まだまだその機会が訪れることはない。
それならば一番手身近にやってくる記念日は…クリスマスとやらになるだろう。
俺は信心深い方ではなく、どこぞの教祖の誕生日がおめでたいとはこれっぽっちも思ったこともないが
見事世間の商業戦略にどっぷりと嵌められる事になるんだろうな、と薄々予感はしていた。
もちろん、自分自身のためではなく、彼女が楽しければ、楽しんでもらえればそれが一番だと思えるようになってきたから。




だから俺は、彼女が編み物をしている理由は、最初見たときから”クリスマスプレゼントとして”と決め付けていた。
不器用な彼女の事だ。今から作り始めてちょうどいいくらいだと思っていたんだろう…。


「俺、てっきりクリスマスプレゼントかと思っていた…けど、違うのか?」


せっせと二本の棒を動かしていた彼女に再び問いかけると、突然の言葉に慌ててしまったようだ。


「あっ、今話しかけないで…!……あ〜、どうしよ、やっぱり一目多いよ〜。もう、どこで間違っちゃったのかなあ……。」


涙目になりながら、ゆっくりと丁寧に編み棒から毛糸を解いてゆく。先ほどから数度目にしていた光景だ。
こんな地道な作業をずっと繰り返していた割には進捗率はかなり高くなっているらしく、
見た目には充分マフラーとして使えそうな長さには達していた。



「…少し休憩しろよ。ずっと根つめてると…ほら、ここに皺寄ってる。」
俺は彼女の眉間を人差し指でそっとつつく。
「スコールに言われたくないよー。」
「そうか?」
「まぁ、以前に比べると随分マシになったかな?…って、あー、ちょっと待って!まだなんだから!」


くすくす笑う彼女の手元から、未完のマフラーをそっと掬い取り、首に巻いてみた。
「もう充分巻けるじゃないか…。どうしてこれが完成じゃないんだ?」
「もうちょっと長くした方が、スコールの身長には映えるかな…って。そう思って。
でも、そうだね、今そうして巻いてもらったらそんなに変じゃないよね。」
「そうだろ?ちょっと休憩したら、続きをすればいい。」



…コーヒーでも淹れようか。そう思い、俺は首元からマフラーを外し、彼女に返す。



「コーヒー飲むか?淹れてくるけど。」
「飲むー!」
「ミルクと砂糖は?一つずつか?」
「あっ、わたしミルクたっぷりがいい!」
「あんた、それカフェオレだろ…。」
「いいのー。わたし苦いの苦手だもん。」
「知らなかった。」
「あれ?言わなかったっけ?」
「聞いたような気もするが…覚えてない。」
「ひどーい!そうやってすぐ忘れるんだ〜。」
「いや、これはG.Fのせいだ。そのせいで忘れてしまったんだ…。」
「ぷっ!………くく…っ、言い訳がうまくなりましたね〜、スコールくん!」
「うるさい。黙って座ってろ。」
「はあ〜い!」



なんてくだらない会話なんだ。昔の俺なら想像もつかなかった。
それでもこれはこれで悪くない。彼女といるだけでとても穏やかになれる自分に驚いているんだ。
先ほどの”今日という日にこだわっている”彼女への、何故?なんてどうでも良くなった。
『SeeDは何故と問うなかれ』というわけではないが、別に彼女が今日それを仕上げたければ
それを見守ってやれば良いだけじゃないか。



先日彼女のたっての要望で揃えたペアのマグカップにコーヒーを注ぐ。
彼女にはミルクたっぷりのカフェオレで。
「ありがとう。」
片手で差し出すと、彼女は受け取った両手で愛おしそうにカップを包み込む。
部屋の中に、コーヒーの芳醇な香りだけが漂う。





「……あのね。」

一息ついて思考が緩んだ瞬間、彼女が沈黙を破った。



「スコール、”何で今日なのか?”って聞いたよね?」
「は?ああ、そのことか…。」


もうどうでもいい、と思っていた矢先だっただけに、今このタイミングで言われるとなると拍子抜けだ。


「今日って、スコールとわたしの……まんなかバースデーなの。」
「………はあ??」
「だ、か、ら。まんなかバースデー!」
「いや、聞こえてるけど、何だ?その……。」


まんなかバースデー?何だそれは?そんな言葉、初めて聞いたぞ?
理解不能だと思っていた彼女の思考回路は、俺にとってますます複雑怪奇極まりないものになっていく。
そんなうろたえた俺なんかおかまいなしに、彼女は言葉を続けていく。



「なんかね?カレンダー見てて思ったんだ。8月はスコールの誕生日があったでしょ?
9月は学園祭とかがあったから、色々準備に追われて何も出来なかったけど…。10月はハロウィンイベントがあったし。
12月はクリスマスもあって、年が明けたらニューイヤーイベント!って色々あるのにね。11月って何にもなくって…。
で、何気なく数えてみると、何と!スコールとわたしの誕生日のちょうど”まんなか”があったんだよ!?11月に!
こりゃもう、お祝いしなくちゃ〜〜〜!!って気にならない??なるよね?」
「………。」
「ってことで、せっかくのまんなかバースデーだし、スコールに何かプレゼントないかなー?って思ってたらね?
ちょうど寒くなる頃だし、マフラー編んじゃえ!って決めて、それで作ってたんだ。」
「………。」
「スコールってさ、いっつも黒っぽい服多いよね?多分任務のためだと思うから仕方ないんだろうけど。
でも、他の色って言っても白がちょっと入ってるだけだし…。赤って意外とスコールに似合うと思って。
さっき巻いてもらった時に、”やっぱり赤にしてよかった”って思ったんだ〜〜!すっごくカッコよかったもん!」
「そ、そうか………。」
「だからどうしても今日中に間に合わせたかったの。でないと、まんなかバースデー過ぎちゃうでしょ?」



俺は思わず大きく息をついた。
何だそりゃ。そんなことで、ずっと編み物に熱中してたのか…。
呆れて物も言えないとはこういうことか。



「………だめ?気に入らなかった?」



彼女は何も物言わない俺が怒ったと思ったのだろう。さっきまでの威勢のよさはどこへやら、おずおずと尋ねてきた。
その瞬間、本当に何かが軽く感じて。
気づけば笑いをこらえきれなくて、吹き出していた。



「えっ?ちょっ、そんなに笑うところ〜〜〜???」
「………くくっ。本当、あんた、不思議だな………。」
「だってー…。スコールと過ごす初めての記念日って多いほうが嬉しいんだもん、わたし。」



――――あぁ、そういうことだったのか。

俺にとっては何の変哲もないただの一日が、彼女にとってはトクベツな日になりうるのだ。

俺、記念日とかそういうことにあまり敏感じゃないけど。
でもあんたが楽しそうにやっていることはとてもよく理解できる。
それくらい俺にだってわかるんだ。

さっきまでは”そんな理由”にこだわっていた自分が急に可笑しく思えた。
二人でいられること、それ自体が毎日記念日なんだ、彼女にとっては。



こんな風に思わせてくれる彼女を、とても愛しいと思う。
今この腕の中に抱きしめて、ずっと閉じ込めておけたなら、どれだけ幸せなことだろう。
まだまだそれを言葉にするのが苦手な俺だけれど。
願わくば、この関係がずっと続いていけばいいと思うんだ。




「――――リノア。」
名前を呼ぶだけでこんなにも心が震えるなんて。
………俺も変わったな…。


”なぁに?”と目で問う彼女を引き寄せ、両腕で包み込むように抱きしめる。
「ス、スコール?どうしたの…?」
突然の出来事に顔を真っ赤に染める彼女。こちらもつられて顔に出そうになる。
この鼓動の早さだけは、知られるのはまだ恥ずかしい。
「……俺だけプレゼントもらってばかりじゃ悪いだろ?リノアは何が欲しいんだ?」
「だ、大丈夫だよ!わたしが勝手にお祝いしたいだけだもん!だから、スコールは何もしなくていいよ?ほ、ホントだよ!」
「それじゃ、俺の気が済まない。せめて……。」





ゆっくりと顔を近づけると、彼女は瞼を少しずつ閉じていく。
黒曜石の瞳に映し出された俺の姿が見えなくなると同時に、彼女の柔らかな唇に、キスをした。

………昨日よりも今日、今日よりも明日。唇を重ねる度に、彼女への想いが膨らむばかり。
どうしようもなく、溺れてしまいそうになるこの感情に一体いつになったら慣れることができるんだろうか。
きっと、一生慣れることはないんだろうな。
一日一日少しずつ、彼女も俺も変わっていくのだから……。





Happy Birthday to Middle of the Lovers!!





Fin



::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


あとがき

某チャット会で持ち上がったスコリノまんなかバースデー企画に参加させていただきました!
というか、これが決まった時点で私は落ちていたので、経緯がわからず。
こんな流れで決まっていってたら楽しいだろうな〜〜、とリノアとダブらせて書かせていただきました!
まだまだ初々しさとつっぱねた所と、両方時分が合わさったスコが描ければいいな、と思って…
見事に玉砕です!(あうあうあう〜〜)そして、マフラーは完成したのか!?乞うご期待!(←何にだ)


【ちょこっと続き。】


「…なぁ。」
「なぁに?」
「これって…俺の誕生日とリノアの誕生日の間ということは…。その逆もまたあるのか?」
「さぁ〜?なにせ初めてだしねー?どうせなら、またお祝いする?」
「…いや、最初だけでいい。」
「つまんないのー。」
「そうそう記念日があってたまるか。」
「え〜?いっぱい記念日があった方が楽しいじゃないー!ワクワクしない?」
「俺はそんなに思わない。」
「何よー。スコールのけちー!」
(……それは、けちって言わないだろう、普通……。)

て、うちのスコは妙に冷めてるんですけど(^^;もっと熱くなれよ!スコール!(笑)


↓当作品は下記の企画に参加させて頂いております。



何かございましたらぽちっと。



novel indexへ
Creep TOPへ




inserted by FC2 system