memorable gift





いつもは穏やかな風が吹き抜けるこの地に、その日は珍しく雨が降り続いていた。
丘一面に広がる花畑には、大粒の雫が絶え間なく注がれていく。
空は厚い雲に覆われており、太陽の欠片さえ覗くことはない。
それでもこの雨は、連日の気温の高さを和らげる、恵みの雨へと変わる。







―――――広い部屋の中にただ深く、静かに乱れる呼吸の音。
外の雨音は耳には届いていないかのように、時折見える細くて折れそうな白い手は我を忘れてシーツを掴む。
額にうっすらと汗をにじませながら、ただひたすら時が過ぎるのを待つ。
規則的に訪れる、甘く、切ない、そして時に激しい痛み。





”……大丈夫。俺がついてるから、傍にいるから心配するなよ!”





―――これは、夢?
彼女の目から知らぬうちに涙がこぼれだす。
夢でもいい、この喜びを、この幸せをあなたと共にわかちあえるのなら…。












「レイン…。」





意識を手放しそうになる彼女の手を握り締めていた小さな手。
「頑張って…。死なないで…。」
あぁ、ここにも一人、守るべき小さな命。
どうか、あの人に知られなくてもいい、この先この子達がずっと幸せな世界でありますよう…。




「もうちょっとだよ!頑張れ!」
村の数少ない産婆の声が彼女の耳に届いていたかどうかは定かではないが、
渾身の力を振り絞り、その瞬間を迎えようとしていた。






降りしきる雨の中…その雨音をかき消す程の威勢のいい産声が部屋中に響き渡る。
誰もが安堵し、喜びに満ち溢れる。
「元気な男の子だよ…誰かさんに似てないこともないけどね。」
産婆はそう言いながらもまだ赤くてしわくちゃの、たった今
この世に出てきたばかりの小さな命を産着にくるみながら彼女の手元へ差し出す。
その額には、大仕事をやってのけた後の汗がとめどなく流れ落ちていた。



まだ乱れる呼吸をそのままに、満面の笑みを浮かべながら彼女はこう言うのだ。
「あ…りがとう…。この子は……もう、決めてるの…。
”スコール”。産まれてきてくれて…ありがとう………。」






―――――雨音がやがてノイズに変わり、景色がぼやけて意識が遠のく…………。










「………大丈夫?」
瞳に映る景色が徐々にクリアになると、同じく思考力が戻り始めてくる。
エルオーネが心配そうに、俺の顔を覗き込んでいた。
「あぁ、多分…。」
額に手をやりながら、軽く頭を振る。
寝起きのような気だるさではなく、何かをし忘れているような、そんなもどかしさ。
ここはエスタの大統領官邸の中の一室、エルオーネの書斎でもある。
その部屋にあるソファの上で、俺の意識はエルの過去に送り込まれていた。



俺はここエスタでの任務をちょうど終わらせたところ。
エルオーネはそれを見計らったかのように目の前に現れ、
もうすぐ俺の誕生日ということで見せたいものがある、と半ば強引にこの部屋に俺を引っ張ってきた。



俺がエルオーネの過去の記憶で見たものは―――紛れもなく、自分がこの世に出でるその瞬間。
実の父であるラグナでさえも、レインが身ごもっていることはおろか
一人で人知れず出産していることも知らなかった…。
数奇な運命を経て今、親子として接することに違和感はなくなってきたが
こうした実体験をお互い知らないものだから親子の情は人よりかは薄いのかもしれない。



それでも、今の俺に敢えて過去の意識を見せたエルオーネの意図はわからなくもなく、
むしろその気持ちが存分にありがたかった。
「人一人がこうやって産まれてくることってものすごい事。奇跡の積み重ねなのよ?
誕生日というのは、皆に祝ってもらって当たり前、と思う人も多いけど
本当は”無事に産んでくれてありがとう”って親に感謝すべき日だと思うの。」
エルの言葉は、砂が水を吸い込むように俺の心に沁み込んでくる。
そんな俺の気持ちは表情に出ていたのかどうかわからないが、エルは微笑んでいた。



そろそろガーデンへの帰還の時間が迫っていたので、
エルオーネは慌てて、俺のジャケットの裾を掴みながら小さな包みを手渡した。
「リノアちゃんにもよろしくね。後、これ私からの誕生日プレゼント。
ちゃんと”無事に終わって”から二人で包みを開けてね!ちょっと早いけど、おめでとう。」
「??…ああ、ありがとう。」
少し疑問が残ったが素直に礼を言い、俺はエスタを後にした。



夜行列車に揺られ日付をまたいでバラムガーデンに着き、いつもの様に任務報告を済ませる。
夜勤同等の扱いなので、今日はこのまま午後有給を取得していた。
報告を終えた後、速やかに司令室を出て行こうとすると学園長に呼び止められる。
「いつもご苦労様、スコール。そういえば”そろそろ”ではないのですか?」
「はい…。そうなんですが…こればかりは全くわからなくて…。」
「確かにそうですよね。どうせならしばらく休んでもらってもいいですよ?」
「え?…しかし、クライアントからの依頼が他にも来ていますし…。」
「いいんですよ、そこはこちらに任せてください。君も中々休みが取れていませんしね。
そんな事ではこれから先もっと大変になりますよ?」
ニコニコと笑顔を振りまくその言葉の端々に、どこからともなく
圧力に似たものも感じ取れたが、反論しても良い事は何一つなさそうだったので
ここはありがたくその提案をのむ事とした。



「お先に失礼します。」
「いい報告を待っていますよ。」
俺は学園長に軽く会釈をした後、バラムガーデンをあとにする。







バラムの空はどこまでも青かった。
27年前の今日、俺は降りしきる雨の中産声を上げた。
………考えれば不思議なものだ。ずっと孤児だと思っていた自分に親が居て、
少なくとも、短い間だけでも実の親に愛されて過ごせていたことに。
不幸にもレインは俺を産んだことで短い生涯を終えることになってしまったが。



彼女はそれでも幸せそうに微笑んでいた。その人がいたから、今の俺がいる。
……俺は他人を拒絶し、誰よりも強くありたいと願っていたのに、
結局は人は一人では生きられないんだ。
そう思えるようになったのも…全てはリノアのおかげなのか。




思いに耽っているうちに、バラムの中でもひときわ見慣れた一軒家にいつの間にかたどり着いていた。
早くこの暑さから逃れたいのと、また違うはやる気持ちに急かされて、俺は玄関のベルを鳴らす。
「はあ〜い!」
中からパタパタと足音が響いて、ドアが開く。
いつもと変わらない笑顔で俺を出迎えるリノア。
「お帰りなさい!」
「…ただいま。」
自然と笑顔がこぼれる。
帰る場所がある、ということがこんなにも心温まることだとは知らなかった。
言葉にしなくとも彼女が俺に教えてくれ、俺を変えてくれた。



「今日も暑いね〜、任務お疲れ様でした!何か食べる?」
「いや、食事はガーデンで済ませてきた。悪い。」
「そっかぁ、残念!でもいいや。今日は大事な大事なスコールの27歳の誕生日だもんね!
晩にはリノアちゃんが頑張って豪勢な料理作るから楽しみにしててね〜?」
張り切って腕まくりをする仕草を見て、思わず噴き出してしまう。
「…胃薬はちゃんと用意できてるのか?」
「あっ、ひっど〜い!信用してない〜。確かに去年は失敗したけど、今年は大丈夫ですぅ〜。」
意地悪い笑みを浮かべてやると、リノアは頬を膨らませて反論する。
そんなところは昔とちっとも変わってないよな。
「無理するなよ…。」
そう言いながら、俺はリノアの背後から彼女を優しく包み込む。
その両手をそっと…壊れ物を扱うように彼女の腹部へとあてる。



「もうすぐ…だね。」
「あぁ、さっき出迎える時走ってこなかったか?そんな事したら危ないだろう。」
「だって、久しぶりにスコール帰って来るの、嬉しかったんだもん。」
拗ねるように俺を見返す。そんなリノアがとても愛おしい。
「寂しかったけど…お腹の中で元気に動いているこの子がいると頑張れるの。」
「そうか。」
「もう少しで同じ誕生日になるかな〜?って思ってたんだけど、
そんな簡単にうまくいくはずないよね、残念!」
「こればっかりはな。」
ふふ、そうだよね、と笑みを見せるリノア。




…本当にリノアはころころと表情が変わる。
俺はずっとリノアを守っているつもりだったが、
結局はいつもこの笑顔に守られてきたような気がするな。



「スコールも、こうやって産まれてくるのを楽しみにされてたのかな?」
「………さぁな。」
つい半日ほど前に、エルオーネの力で見ていた過去のことは触れずにおいた。
その時の想いを直接レインに聞く事は出来なくとも、
今目の前のリノアの幸せそうな顔を見ていれば、そうであった事は容易に想像できる。



そういえば、とリノアが思い出したかのように腕の中で向きを変える。
「誕生日プレゼント、用意してたんだけど…ちょっと上の階に取りに行ってくるね?」
「階段、気をつけろよ。踏み外したら危ないぞ。」
「大丈夫!」
そう言いつつ、部屋を出ようとしたその瞬間、リノアが前屈みで片膝をついて座り込んだ。



「………………っ!」
「リノア!?」
思わず駆け寄ると、少し困ったような顔を浮かべて苦笑いをしているリノアの顔。
「えへへ…。実はちょっと前から少し痛いな〜…って思ってて。」
「お前、なんでそれを早く言わないんだ?」
「うーん、気のせいかなー?って思ってたんだけど。気のせいだったらがっかりでしょ?
期待外れになりたくなかったし、スコールに心配かけさせたくなかった…し。」
少しずつ痛みの感覚が強くなってきているのか、笑顔に余裕がなくなっていくのがわかる。
とにかく、すぐに出かける用意だけでもしておかないと…と思い、
事前にリノアが準備してあった入院用の荷物を取りに寝室へ向かう。
そして慌しく荷物を車に乗せて、戸締りをし、かかりつけの総合病院に電話を入れエンジンをかける。



リノアの顔つきがどんどん険しく、時に息遣いが荒くなっている。
どうやら急激に波がやってきたらしい。
「そろそろ…と思ってたけど、急に来ちゃったね。間に合いそうかな?」
「そんな事どうだっていい、無事でいてくれたら俺はそれだけで充分だ。」
「本当、そうだよね…私、怖いけど頑張るよ。……って、あっ!」
「どうした!?」
突然の叫び声に、思わずブレーキを踏んでしまう。リノアはそれよりも青ざめた顔で
「どうしよう〜!スコールの誕生日プレゼント、忘れてきちゃったよ〜。」
「……。何だ、そんなことか…。」
「そんなことじゃない〜!せっかく用意したのに…。」
本気でそう思っているのなら物凄い精神力だな、と一気に肩から力が抜けたものの
リノア自身はかなり落ち込んでいる様子だ。
これから大仕事が待っているというのに、それどころじゃないぞ…。



「リノア。」
痛みのせいなのか、よほどプレゼントを忘れたことによるショックなのかわからないが
半ば涙目になっているリノアを落ち着かせようと、
ゆっくりとアクセルを踏みながら俺はリノアの名前を呼んだ。
「…俺にとっては、リノアも、これから産まれてくる子供も両方無事でいてくれること、
それが何よりの贈り物なんだ。だから、気にするな。」
「うん。誕生日、おめでとう…スコール。最高のプレゼントにするね。」
「あぁ、ありがとう。頑張れよ。」
ゆっくりと無言で頷くリノア。ありがとう…、僅かに聞こえた声。



もらえる物が何か、なんて問題じゃない。産まれてきた事に意味がある。
俺を産んでくれてありがとう・・・・・・レイン。
様々な想いを込めて、俺は片手で助手席のリノアの手を握りしめた。
今日という日がこれ以上輝かしく思える日はなかった。








その晩、空に浮かぶ大きな月が静かな街を照らす中―――ひときわ元気な産声が一室にこだました。








HAPPY BIRTHDAY SQUALL!!







Fin






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あとがき

スコール誕生日おめでとう!!
というわけで、何とか頑張って書き上げました、スコ誕生おめでとうSSです。
まさに「産みの苦しみ」で、所々表現しにくくもどかしさも残りますが、
10年間愛を貫いてようやく本当におめでとう!って
祝ってもらえるような内容にしたくて…気づいたらちょっと違う方向に行ってましたが(^^;
こういうお祝い事は書いてて楽しかったです。10周年ということで10歳トシとっちゃいましたが。
本当、産まれてきてくれてありがとう、ですね。
スコールに限らず、全ての人たちに向けて。
ちなみに8月23日の誕生花は「菩提樹」。花言葉は”夫婦の愛”です。
これからもずっと幸せであり続けますように。

エルからのプレゼントは何にしようか迷ったんですが、人それぞれもらって嬉しいものがあると思うので
二人にとって一番もらって嬉しいもの、ということで皆様のご想像にお任せします☆


↓当作品は下記の企画に参加させて頂いております。



何かございましたらぽちっと。





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