「明日休みなんだ。何かしたいことあるか?」
深夜近くになってようやく戻ってきた部屋で、荷ほどきをしながらそう聞いた瞬間、しまったと思ったが後の祭りだった。
かなり前から約束していたリノアとの外出を、今の今まで忘れてしまっていた俺は、髪を逆立てた(ように見えた)ピンクのドットが散らばるパジャマ姿の彼女から叱責を賜る羽目になった。

「スコールって、お仕事以外いつも無頓着過ぎる。あの時だって……」

過去の辛い出来事も蒸し返して容赦なく責められる。
こうなると、手がつけられないのが正直なところで、疲労とうんざりが相まって、自分の事は棚に上げて溜息をついた。

「リノアは何度も同じこと言うから、さぞ記憶力が良いんだな」

つい言い返してしまったら、彼女は目に涙を溜めて押し黙ったままくるりと踵を返し、ベッドに横になってしまった。

傷つけた。
でも、こっちも傷ついた、おあいこだ。
そんな子供じみた感情に支配されていた俺は、壁側を向いているリノアの背中に反発するように背を向けて……今に至る。

逃げ場がないというのは、良し悪しだと思う。こうして背中合わせで彼女と同じヘッドで横になっているこの状態も、逃げ場がないと言えなくもない。
リノアとしては部屋を出なかっただけ、だいぶ俺に譲歩してくれているのだろう。
けれど、寝る前に見た彼女の背中は『今は何も聞きたくない』と言っているようにも見えて、ごめんの一言が喉に刺さる小骨のようにどうしても出てこなかった。

(そういえば、出会った頃も逃げ場が無かったな。いつも言い争いをしていた気がする)

大なり小なり、何かにつけて突っかかってきたリノア。
一番酷かったのは……あぁ、そう、あれはガーデンに戻る前、ガルバディア兵に彼女が背後から襲われた時だ。

兵士が放ったファイアがリノアの背中に直撃して、U度程度の熱傷になったことがあった。
それを見て俺は、カッとなって相手の膝裏とアキレス腱を剣先でなぎ払った。
『クライアント』が傷ついた焦りと、SeeDとしてあるまじき失態……失格の烙印が押されてしまう事に対する保身を少なからず考えた事も認める。
戦場に男女は関係ないと思っているが、明らかに一般人に見える彼女に躊躇いなく襲いかかったあの顔は、不思議と今でも鮮明に覚えている。あれが一番許せなかった。

(明らかに奴は、『敵』ではなく『人』を殺すことを楽しんでいた……)

あいつを食い止めようとして伸ばした左手が、リノアに届かなかったあの時、初めて心臓が凍るということが分かった。
実は、今でも時々夢に出てくることがある。

長い絶叫ののち、痛みに気絶した相手に一瞥すらせずにリノアの背にケアルを施すと、幸いにも肌に跡が残ることはなく心底ホッとした……のもつかの間。
じっと蹲っていた彼女は、いきなり俺の胸ぐらを掴んだ。痛みの名残りか、涙がぽろっと落ちた。

「あのひと、歩けなくなっちゃうじゃない!」

一瞬、何を言っているのかわからなかった。呆然とした俺を見て、彼女は倒れている男を指差して、もう一度俺を睨みつけた。
彼女の指先を目で追うと、こっちにも怒りがふつふつと湧き上がって、胸元を掴まれていた手をパシッと払った。

「あなたなら、もう少し手加減だってできるでしょう?私だって分かるよ、ケアル使ったってあの人はもう歩けない」
「あんた、何言ってるのか分かっているのか?あいつは自分を殺そうとしたんだぞ?」
「そんなこと分かってる!でも、あれはひどすぎるよ!」
「いい加減にしろよ!遊びに来てる訳じゃないんだ!ここは戦場で、俺は傭兵で、クライアントを守る為なら人だって殺す」

非常時なのに、呑気なことを言い出したリノアをとにかく黙らせたかった。なぜか無性に腹も立った。普段怒鳴らないのをわざと利用して叫ぶと、彼女は予想以上に肩をビクリとさせて恐怖に身をすくませた。

「まぁ、二人とも落ち着けって。話すならここを抜けてからにしないと、な?」

ゼルに宥められなかったら、最悪、殴り合いをしそうな雰囲気の中、リノアは不意に遠くを見るような目をしてポツリと呟いた。

「わたし、スコールに人殺しなんかさせたくない」
「それは、あんたが決める事じゃない」
ピシャリと言い放つと、彼女はくしゃっと顔を歪めて笑った。

「そう、だよね……ケアル、ありがとう。嬉しかった」

リノアの顔は笑っているのに泣いているように見えて、胸がぎゅっと締め付けられた。

あの時は、リノアとの争いから来る胸の痛みを、病気か何かと本気で心配していた。
それが、病気なんかじゃないと気付いたのはいつだったろう。ほろ苦く、懐かしく、今では愛すべき痛み。

けれど、今のこの現状に懐古のオブラートはなく、ただ傷つけ傷つけられた時の痛みしか存在しない。
そう思ったら、くだらない意地なんて張る意味がないと気付いた。

(リノアに触れたい。抱きしめたい)

その時、背中のラインにほんの少し固めの感触を捉えた。
すぐにそれが彼女の額だと気付いた時、躊躇いがちに細い腕が脇腹に乗った。

「スコール、ごめんね。わたし、ひどいこと言ったね」
「……俺こそ忘れててごめん」
「ううん、お仕事大変なんだもん。ずっと前の約束だもん、忘れてても仕方ないよ」
「でも、悪いのは俺だ」
背中の額が何度も擦り付けられた。どうやら首を横に振っているらしい。そんなにしたら髪がぐちゃぐちゃになるぞ?

「昔のことを蒸し返すのはフェアじゃなかった。それに、少し驕ってたよ。わたしなんかのそばにスコールが居てくれることは、奇跡よりもすごいことなんだって忘れそうになってた。こうして、隣にいられるだけで幸せなのに。約束なんかより、大事なことなのに……」
「私なんか、なんて言うな」

ぐるりと体の向きを変えてリノアを抱きしめる。冬でもないのに彼女の肩がひんやりしているのを感じてシーツを引っ張り上げた。
見ている方向は真逆なのに、ようやく同じ存在になった気がしてホッとする。

「俺は、自分の意思でリノアの側にいるんだ。リノアが嫌でもそうしていると思う。『私なんか』なんて卑下した言葉を使ったら、今度は本気で怒るからな」
「……うん、わかった。ごめんなさい」
「なぁ」
「ん?」

夜中の会話は少しスローで囁くような小さな声。まるで夜空を流れる細い雲のようだ。
わだかまりが解けたせいか、それがとても心地いい。
さっき何度も俺の背中につけていた額は摩擦で少しだけ熱が残っていた。
そこを指先で撫でながら、闇の中でも煌めく瞳を覗き込んだ。

「仲直り、したい」

リノアはふわりと笑って目を細めた。

「今日のはおあいこだね。でも、ぎゅーってしてくれたら嬉しいかな?」
「それだけ?」
「ん?……じゃあ、いっぱい『好き』が欲しい」

要望が無くたって、いくらでも。
腕の中にすっぽり収まるリノアの温かさを感じながら改めて思い知った。

彼女がそばにいるから、俺は俺なのだ。
マグネットが片側の極だけ持てないように、俺もリノアがいないと存在し得ない。
そして俺たちは、時々反発を繰り返しながら円を描いて、やがてまたぴったりと寄り添うのだ。

「ねぇ、スコール」
「なんだ?」
「ランチパスして……出掛けるの、午後にしない?」

参った。
寄り添うなんて優しいもんじゃない。
磁力よりも強力な彼女から、もう離れられない。



End.


(2015.2.14 のえ様より)

いつもツイッターでお世話になっています「Ginbotan」ののえ様より頂きましたスコリノ小説。
のえ様のサイト開設&ツイッターアカウント開設1周年を記念してリクエストを受け付けておられたので
「磁石」をお題に書いていただきました。シンプルだけれど、とってもラブラブな二人で。
何度も読み返したくなる作品です。本当にありがとうございました!!



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